昨日に続いて、憲法9条改正の問題を例にしながら政治の基本について話したい。

 

 政治とは、すべからく主観的判断をすることである。もちろん、判断した後は実行される。実権がない場合(野党の立場など)では、主観的判断意見を主張することで終わる。

 

 主観である以上、好き嫌いから始まる感情的な要素、個人的な価値観などが色濃くその政策に反映されることになる。だいぶ以前に書いた例としては、人によって医療問題が最重要となり、また違う人には教育問題が最優先課題となる。安全保障がトップの課題にくる場合もあるであろう。これらの判断は、完全に個人がどう「主観的に判断するか」に左右される話である。

 

 今更ながら、大野伴睦の言った、「政治は所詮好き嫌い」と言う言葉が思い出される。

 

 さて、政治。上記のことを考えれば、政治の基本とは、どの問題を優先するかに尽きてくる。もちろん、一つの問題をどのように処理するか(実行方法)という側面もある。例えば、景気を活性化させるために、財政政策を実行する場合、減税するのか、公共事業などの財政出動をするのかなどの判断がこの「実行方法」のカテゴリーに入る。

 

 しかしその前に、最も大事なのは、「どの問題を優先するか」であり、さらに言うと、「何を優先するか」と言うことになる。

 

 ここで憲法9条の話をすると、憲法9条を厳守することは、すなわち国民の生命、財産、及び国の領土などが外国の侵略で侵されても「抵抗せず放置する」ことになる。「国の交戦権はこれを認めない」と明確に書いてある以上、動かしがたい話である。これを解釈でなんとかごまかしてきたのがこれまでの経緯だが、この憲法を字のごとく読めば、誰が何を言おうと、「敵が攻めてきたら話し合って、それが無理なら、殺されましょう」と書いてあるのである。前回も書いたが、これをごましてしまったら、一切の建設的な話ができない。

 

 つまり、ここでわかるのは、憲法9条を遵守する人たち(日本共産党、社民党、立憲民主党)にとっては、国民の生命、財産、国家の領土よりも、「憲法9条」がより重要な優先事項であるということになる。平たく言うと、憲法9条の条文の方が、国民の命よりも上だと言うことである。

 

 国民の命の方がより重要であるならば、憲法は当然その概念に沿った形で記述されることになる。例えば、「国家の領土、国民の生命財産を保護することは国家の義務である」など、まあ、書き方は色々になるとは思うが。

 

 そうなれば、それに従って国防軍も整備されることになる。当たり前の話である。

 

 現在日本は、シナ(中華人民共和国と自称する国)と、南北朝鮮(韓国と北朝鮮)という、日本を明確に敵視する政策を実行している国に囲まれている。残念ながら友好国に囲まれてはいない。アメリカと同盟は結んでいるが、同盟国といえども外国であり、今後もずっと友好的であるという保証はない。そんな中で防衛権を丸々放棄するような憲法を後生大事に敗戦後ずっと抱えてきている。

 

 ご存知のように安倍総理をはじめ様々な政治家が改憲を試みるが、政権与党に食い込んでいる公明党はもちろん、立憲民主党、日本共産党、社民党など、死に物狂いで現行憲法を死守すると公言している政党が多く、またマスメディアや教職者の中にはびこるサヨク思想信奉者の根強い抵抗によって改憲は未だに実現されずにいる。

 

 これはこれで政治的状況なので客観的に見るべきであるが、ここで国民がしっかりと理解をしなければいけないのは、こうした護憲勢力の政治的優先事項は、あくまでも憲法9条であり、領土や国民の生命は「それよりも重要度が低い」ということである。つまり、前回も書いたように、国民が殺されようが領土が奪われようが、あくまでも守るべきは憲法9条であるというのが、彼らの政治的主張であるということである。

 

 つまり、サヨク政党の人々にとっては、外国の侵略によって国民が虐殺されて、領土が全て奪われても、憲法9条が残ればそれで良いということである。

 

           憲法守って国滅ぶ 

 

 それでもなお、憲法9条を守ろうという勢力が、今回の選挙で、立憲民主党、日本共産党、社民党などから立候補している。これはあくまでも客観的な事実である。

 

 この事実を知った上で、どう判断するかは、全て国民の手に委ねられる。それが民主主義国である。選挙結果が待たれる。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 


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