(「孫を見せろ」からの続き)

 

 母方の祖父との蟠りを解消する事が出来た父と母でしたが、1つ解決すればまた1つ困った事が起きるのが世の中の常ですね。

 

 私が2歳に成った頃です。父と母は自営で陶磁器の素地製造をしようと思っていました。当時の瀬戸市は旺盛な輸出需要を背景に陶磁器の一大生産拠点として発展の一途を辿っていたのです。

 

 元々陶磁器の産地ではあり、戦後の物資不足を背景に復興の道を辿っていたのですが、この頃次第にノベリティー(置物や装飾品)の需要が増え、各社生産に四苦八苦していたのです。

 

 瀬戸のノベリティーはその複雑な形状や、色彩に於いて欧米で人気を博し、海外からのオファーが殺到していたのです。当時国内には出回らず、専ら輸出に回されていました。

 

 自社での生産が間に合わず、外注に出す事が多かったのですが、各社同様な状況ですので下請けの囲い込み合戦が繰り広げられていたのです。

 

 当然会社は自営で下請けする事を社員に奨励もしていたのです。息のかかった下請けを傘下に多く置きたいですものね。生活の安定の為、それに乗っかろうと思ったのでした。

 

 自宅の南側の平屋部分は作業場にするには持って来いの場所です。しかし、今そこは他人に貸しているのです。「今すぐ出てけ」とも言えず、父母は頭を悩ませていたのでした。

 

 2歳に成った私は一向に喋る事が出来ませんでしたが、目を離すとどこでも行ってしまうので、日中、母は内職どころでは無く、私が眠ってから夜中まで細々とやっていた様です。

 

 隣の家族から「うるさい」と言われた事もあったのだとか。それを見かねた父が知り合いにパチンコ台を譲ってもらい、隣との境の土場に置いて私を遊ばせようとしたのです。

 

 これは功を奏したのですが、隣の悪ガキが黙って見ている筈がありません。学校から帰ると私から取り上げ占領してしまうのです。当然私は返してもらおうとちょっかいを出しますよね。

 

 ある日、私のちょっかいが鬱陶しいと思ったのでしょう。パチンコ玉を鷲掴みすると、私の頭に思いっきり投げ付けたのだそうです。

 

 その瞬間、私は天地を揺るがす程の大音声(大げさ過ぎるムキー)で泣き出したそうです。異変に気付き飛んで来た母が目にしたものは、蜂に刺された如く無数の瘤をつくった無残な頭。

 

 運良く大事には至らなかったのですが(嘘つけ、頭のネジが緩んだんだろグラサン)。そうそう、それ以来、抜け作君になってしまいました。って何でやねんムキー(もうそろそろ飽きられるぞグラサン)。

 

 隣の御主人は母が文句を言っても全く取り合わず、父から言ってもらおうと思ったらしいのですが、父はパチンコ台を片付けただけでした。

 

 不服そうな母に、「猫を追うより皿を引け」(父がよく使う言葉です)って言うだろ、子供のやった事に目くじら立ててもしゃ~ないわ」と。

 

 翌日、御主人が「あんな事くらいでパチンコ台片付ける事ないだろ」と文句を行って来たそうで、父は「いざこざの原因は取り除いた方が良いでしょ、それにあの台は預かり物だから返しましたよ」と。

 

 更に不服そうな御主人に「遊びたければパチンコ屋に行ったら如何ですか」と。実は夜密かに御主人がパチンコ台で遊んでる事を父は知っていたのです。父特有の仕返しと言ったところでしょう。

 

 数日後、この御主人が帰って来るなり「こんな事したのは誰だ~」と騒いでいるので、「如何しました」と母が声をかけると、「如何したもこうしたも、これをみろ」とカンカンに怒っています。

 

 母が恐る恐る部屋を覗くと部屋のド真ん中に・・・。さて、今度は一体何が起こったと言うのでしょうか。続きは次回、何とも不可解な事が・・・。

 

(つづく)

 

 

 

 

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