四夜連続怪談 第三夜 鳥

 鳥

 

 列車が停止した。電灯も消えた。座席に座った男の頭のなかに映像が差し込まれた。全裸の若い女性がベッドで仰向けに寝ている。その横顔は陰になっている。身体が、5センチ、10センチと徐々に浮かんでいく。男の耳の奥で鳥の羽ばたきが聞こえだす。棒のように真っすぐな女性の身体が1メートル、2メートル、浮かびあがっていく。そのさまが横からのアングルで見える。空間のあちこちから手書きの文字が滲みだしてくる。文字が大きくなる。縮み、消えていく。また文字が現れる。消えていき、現れる。それが繰り返される。なんと書いてあるのか読めそうで読めない。鳥の羽ばたきの音量が増す。女性の裸体は20メートル、30メートルと上昇をつづける。白い背なかが微光を帯びながら薄闇のなかをどこまでも昇っていく。カメラは、下からその様子をすでにとらえている。白い裸体が小さな点となっていく。
 男の腰のあたりに何かが巻きつく感触があった。巻きついたものに手のひらをふれてみる。なだらかで、ひんやりしている。女性の裸の前腕だと気づく。さわっていた腕の持ちぬしが真っ黒い底からぬうっ、と顔を起こす。目も鼻も口もない。真ん中から分けられた髪だけが左右に垂れている。顔の奥から、手書きの文字が滲みだしてくる。文字は光っている。縮んでいく。早送りの速度で大きくなる。回りだす。物凄い速さで。
 女の手のひらはいつの間にか男の手首を掴んでいた。下へ下へと引っ張っていく。男の顔が歪む。肩が抜けそうになる。闇の底へ引きずり込まれようとしている。やめろ。男は声をあげた。やめろ。女の手が止まる。やめろ。もういちど叫んだ。指の力もぬけていく。するり、と手がはなれ、女がひとりだけで沈んでいく。どこかから弱いひかりが差し、女の面がうっすらと見えた。こんどは目鼻があった。表情が浮かびあがる。見覚えがあった。だれだ。思い出せそうになる。だれだ? どうして、泣いている? 女の顔が、頭が、ずぶ、と潜っていく。伸ばした裸の腕も、手首も。男の足もとの暗闇へと沈み込んでいく。
 反射的に男は右腕を闇へ突っ込んでいた。わずかに見えていたその手のひらを掴んだ。女の驚きが指に伝わってくる。腕を振ってほどこうとすらする。男は離さない。力を加える。歯を食いしばった。やがて、女の指にも力が戻ってくる。やわらかく、そして、しっかりと握り返してくる。男の目元に、安堵にも似た微笑みがひろがってゆき─── 
 ふたりはつながったまま、水を含んだような闇のなかをゆっくりと落ちていく。いつしか上下が逆転し、天へ天へと落下していく。

 
 誰もいない列車のなか── 鳥の羽ばたきだけがかすかにまだ聞こえている。

 

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「1パーセントの深い哀しみ」にいただいたレビュー集が載っています。

 

 

 

 

 

 第一夜、第二夜、第三夜は、すべて「1パーセントの深い哀しみ」に収められた小説内小説(散文詩)です。下の note のリンクをクリックすると、「安息の地」「らしき世界」も無料でお読みいただけます。

 

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 明日の第四夜は「1パーセント〜」とは無関係の書き下ろし。

 四夜連続怪談の最終夜であり、「Blue あなたとわたしの本 193」を兼ねた作品です。

 

 

 

 第三夜までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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