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高田郁「蓮花の契り_出世花」

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下落合で弔いを専門とする墓寺、青泉寺。お縁は「三味聖」としてその湯潅場に立ち、死者の無念や心残りを取り除くように、優しい手で亡骸を洗い清める。そんな三昧聖の湯灌を望む者は多く、夢中で働くうちに、お縁は二十二歳になっていた。だが、文化三年から翌年にかけて、江戸の街は大きな不幸に見舞われ、それに伴い、お縁にまつわるひとびと、そしてお縁自身の運命の歯車が狂い始める。実母お香との真の和解はあるのか、そして正念との関係に新たな展開はあるのか。お縁にとっての真の幸せとは何か。生きることの意味を問う物語、堂々の完結。
(「BOOK」データベースより)

良い意味で、本に裏切られる。
こういう裏切られかたって、大好き。
 

娘が通う高校の夏休み課題図書だった「出世花」
暇にあかせて読んではみたものの、所詮は学校の指定図書、と期待もしていなかった気持ちを裏切り、予想外に面白かった一冊でした。
 

そして、前作より大幅に期待感のハードルが上がった本作「蓮花の契り_出世花」ですが。
前作は予想外に面白く、本作は予想以上に面白かった。
そして、予想以上に感動してしまった。
こういう形で予想を裏切ってくれるのならば、私はいつだって、いくらだって裏切られたい。

お香の左手がすっと伸びて、お縁の右手に重ねられた。
「行ってしまうのだね」
茫洋とした哀しみの滲む声だった。
お香の手にそっと自身の手を添えて、はい、とお縁は応える。
自分を捨てたその母親と巡り逢った意味を、自分が何者で、何のためにこの世に生を受けたのかを、ずっと考え続けてきた。あの新仏に導かれて、お縁はその答えを得ていた。

「おお、そんなに『蓮花の契り』は面白いのか!それじゃちょっと読んでみようかな」と思った方、ちょっとお待ちください。
上記で申し上げた通り「蓮花の契り」は「出世花」の続編にあたります。
世のシリーズ本の中には、前後して読んでもさほど差し障りのない類のシリーズもありますが、本シリーズは前後の繋がりが非常に濃ゆい二冊でございます。
てか「出世花」を未読だと、登場する人物とその関係性が、何がなにやらさっぱり理解できないでしょう。
失敬な言い方をすれば「『出世花』読んでからおとといきやがれすっとこどっこい」という感じですね。いやこれまた失敬。
 

さて当ブログも「出世花」読了済を前提として話を進めます。
前作ラストから、時は流れてはや四年。15の歳から“お江戸のおくりびと”をはじめた正縁ちゃんも、22歳のうら若き乙女に成長しました。とはいえ仏に仕える三昧聖の身ですので、お洒落や遊び、ましてや色恋などとは無縁の毎日を送っていることには変わりありません。
 

変った点といえば主に財政面でしょうか。前作では明日の米代も心配になるほどの赤字経営だった青泉寺でしたが、正縁の卓越したエンバーミング能力が評判を呼び、現在では依頼も殺到。そこそこ富裕層からの依頼も多そうなので、湯灌代もそれなりに頂戴できるでしょう。
長年お仕事をする間には、故人が生前に使用していた紅をそのまま寄進して頂いたりもして、部材も潤沢になりつつあるようで。うっうっうっ良かったね正縁ちゃん。先立つものって重要よねえ。
 

しかしながら、寺社奉行の管轄下にない青泉寺の活躍に、面白くないのが国のお偉方であります。
 

永代橋の橋桁落下事故(ちなみに事実。1000人以上の方が亡くなりました)をきっかけに、正縁が“生き菩薩”と呼ばれて有名になったのを遠因に、正縁と青泉寺は窮地に立たされる事態になります。

お縁より三つ四つ若い、美しい娘だ。その見開いた目が、恐怖に凍りついた眼が、お縁を凝視する。
私はここで死ぬの?
死ななければならないの?
聞こえるはずもない問いかけが、お縁の耳に届く。途端、みしみしと音がして、欄干が娘とともにゆっくりと落ち始めた。娘は救いを求めるように片腕をお縁の方へと差し伸べたまま、声も立てずに落下していった。

こじつけの理由でお寺を強制閉門。
世間との関わりを絶たせ、兵糧攻めにして廃寺を仕向けるお役人方。
 

自分が原因で青泉寺が廃寺の危機に陥っている事態に、正縁としては気が気ではない。かといって自分が青泉寺を去って他の寺に行っても、今度は次の寺に火の粉がかかる可能性も。
 

自分が生涯の仕事と決めた“おくりびと”続けるか、否か。
自分の生きる道は一体、どこにあるのか。

青泉寺の窮地以外にも、彼女が迷う理由はもうひとつあります。
 

それは、人間の本能との葛藤。
赤ん坊を抱いた瞬間に沸き起こった、子をなしたいという望み、遺伝子リレーのスイッチ。
 

不幸な生い立ちが原因で、正縁は親子というつながりを忌避していたところがありますが、その後の母との交流により凍っていた心もじんわりとほどけてきています。
そして、正縁の腕に乗せられた、ずっしりと重く、あたたかな赤ん坊。あの匂い。
 

自分の行く末に悩んでいた正縁には、小さな赤ん坊の重さは、予想していたよりも重く、予想していたよりも強く心を揺り動かします。
 

仏と契りを結んで、三昧聖として生きるか。
人と契りを結んで、人の親として生きるか。
 

“蓮花の契り”の花は、どんな花でしょう?

お香は両の手を伸ばし、愛娘の腕を取ると、顔を上げさせた。そして、その肩を抱き寄せる。娘の存在を確かめるように背中に手を回し、最初は恐る恐る、やがて力を込めてぎゅっと娘を抱きしめた。長い間、そうしたい、と思って、しかしできなかった仕草だった。

お艶 → お縁 → 正縁と、出世魚ならぬ出世花の彼女が、最後にどんな花を咲かせるかは最後のお楽しみとして。
予想以上に、感動。期待以上に、納得。
 

いや、最近の学校課題図書ってのは、なかなか馬鹿にはできませんな。
新たなお気に入りを増やしてくれた、国語の先生に感謝!せんせー、ありがとー!

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