二人は二次会にも出た。ホテルの近くにあるダイニングバーのような店でそれは行われ、そこにも大勢の人がいた。ただ、大学時代の友人や職場の人間が多く、二人はやはり隣の席についていた。
「美以子、ピアノ弾いてくれてありがとうな。すっごくよかったぜ」
 周の顔は真っ赤になっていた。飲まされたのと疲れもあるのだろう、目は重たそうになっていた。
「それに強士のスピーチもよかった。俺、ほんとに泣けてきたよ。ま、あれだけ長くしゃべる強士を見るのはじめてだったから、泣くより驚く方が強かったけどな」
「うん、ほんとうにいいスピーチだったわね」
 美以子は穏やかに笑っていた。
「私もすこし泣きそうになっちゃったもん。昔のこと思い出して」
「ほんとかよ」
 強士はネクタイをゆるませ、ジャケットのポケットに手を突っこんでいた。
「あと、いい笑顔でもあったぜ、強士。それも驚きだった。あれだけ長く笑顔を保てるようにもなったんだな」
 大声で美以子は笑った。目尻に指をあててもいた。
「周くん、そんな言い方ってないわ。だけど、スピーチの前はすごく緊張した顔してたのよ。かたまっちゃってて大変だったんだから」
「美以子に叱られたよ。ほんと久しぶりにね」
「『ほら、強士くん、顔がかたまってるわよ。もうちょっと笑って』ってだろ? 俺もいい加減にしないと怒られそうだな。『周くん、しゃべり過ぎ』って」
「やめてよ。それじゃ私がいつも怒ってたみたいじゃない」
 周も大きな笑い声をたてた。それまで友人たちにつかまっていた実穂は微笑みながら近づいてきた。

「お邪魔しちゃっていい?」
「なに言ってるの。今日の主役は実穂じゃない」
 美以子は実穂に駆け寄り、軽く抱きしめた。
「美以子、ありがとね。あんたにお願いしてよかったわ。私、あれ聴いた瞬間に涙がダーって溢れてきたもの」
「ほんとう?」
「ほんとだよ。隣で見ててびっくりした。それに、ちょっと心配にもなったな。入場のときから泣いてちゃ、結婚したくないように思われるんじゃないかってさ。だけど、それだけ感動したってことだろ」
 周がそう言うと実穂はその隣に立った。美以子は眩しそうに二人を見ていた。
「だったらよかった。私、最後の方でちょっと間違っちゃったんだけど」
「そんなの全然わからなかったわ」
「きっと強士くんにはバレてたでしょうけど、強士くんは優しいから気づかない振りをしてくれてるの。ね?」
 美以子は強士に近寄り、腕を組んできた。周は首をすこし引いて二人を見た。強士も首を曲げ、美以子の顔を見つめた。
「あ? いや、ほんとに気づかなかったんだよ。まったくわからなかった」
 幹事が大声でなにか言ってきた。店の奥には扮装をした者たちが集まっていた。出し物でもはじまるのだろう。周は実穂の背中に手を添えた。
「じゃ、またな。あっちに行かなきゃならないみたいだから」
「ああ」
 強士はそっと美以子の横顔を見た。その表情に変わったところはなかった。ただ、瞳の色だけは別だった。

「はーい、注目ぅ。これから私たちの愛しい周様を奪い去った憎っくき新婦にインタビューしたいと思いまぁす。きちんとこたえてくれないと周様にはひどい罰が下るので嘘偽りないところを聴かせてくださいね。じゃあ、まずは二人の馴れ初めから――」
 周は赤いロープで椅子に縛りつけられていた。実穂はすこし離れたところに立たされ質問されつづけた。笑い声がそのつど響いた。美以子は組んだ腕に力をいれ、さらに身体を密着させてきた。
「じゃ、嫌々ながらですけど周様をお返ししましょうか。そのかわり、ここで本気度マックスのキスをしてもらいますけど」
 囃したてる声と手拍子が混じりあい、店の中は大騒ぎになった。周と実穂は扮装した者たちに囲まれながら恥ずかしそうに見つめあっていた。
「まるで茶番だ」
 強士がそう呟くと、美以子はふっと顔をあげた。そのときに強士は思い出した。あのときの目だ。土手の上の道、吹き抜ける風、色づいた葉。美以子の瞳にはあるべき黒が失われていた。
「ほらぁ、早くしないとまた縛っちゃうわよ!」
 笑い声は強まった。周は口許をゆるめ、顔を実穂に近づけさせた。美以子の身体が硬くなっているのを強士は感じた。二人の唇が合わさると拍手や口笛が鳴り響いた。すべてが終わり、周と実穂は前を向いた。美以子の強張りはとれた。強士はそれを感じたときに首を弱く振った。


 

 

↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ

にほんブログ村 エッセイ・随筆

  

現代小説ランキング エッセイ・随筆ランキング 人気ブログランキングへ

 

〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

 

《恋に不器用な髙橋慎二(42歳)の物語です。

 どうぞ(いえ、どうか)お読みください》