「どんなに不幸な人や極悪人でも、存在する意味があるのでしょうか」 | 海南島のヨハネの黙示録

海南島のヨハネの黙示録

キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

【質問】海南島のヨハネさんに質問です。

どんなに不幸で最悪の人生の人や、極悪の犯罪者でも、この世に存在する意味があった、無駄な存在ではなかったと神、創造主はお考えなのでしょうか。

人間の目から見てどんなに無駄、無意味にしか見えない存在や事象でも、何かしらの意味や啓示が隠されていると考えていいでしょうか。

神の視点は我々の想像を超えているので、判断できないですよね。 

教えて下さい、お願いします。
神様に訊いて下さい、お願いします。 


【回答】海南島のヨハネです。質問を感謝します。

回答はすべて、あなたの質問の通りです。

以前、神様に聞いた内容ですが、

「すべての被造物に無駄な物は無い」

との回答でした。

あの凶悪と思えるヒットラーでさえ、神様は、

「私が置いたのである」

と言われました。一寸びっくりしました。

そして、

「偶然の産物は、天上でも地上でも有り得ない」

と言われました。

どんな人間でも、神に期待されて生まれて来て、期待されて生存しているようです。

凶悪犯人でも、そのお母さんの見る眼は別のようです。

神様は人間の悪い面だけでなく、其の中の宝石を見ているかも知れませんね。

神の視点は、

「それ神はその独り子を賜った程にこの世を愛し給えり」

と書いてある様に、90%は腐っている様な人間にさえ、残りの宝石の為に生かそうとする。

誰でも神から見れば、宝石の様な性質が残っていますよ。

神様の愛は、人間のレベルでは想像の他ですね。


何故、神は悪人さえ生かそうとするのか。

キリストを信じて救われた人は知っていますよ。

やくざも知識人も号泣させる程の愛情です。


--------------------------------------------------
このブログはブログランキングというものに参加しています。下のボタンをそれぞれクリックして頂くと、ランキングが上がります。ランキングが上がるとこのブログの読者も増えると思いますので、どうぞご協力をよろしくお願い致します。


スピリチュアル ブログランキングへ


キリスト教 ブログランキングへ