…おい…。

母が泣いていた。

…お母さん…ありがとう。

「怜奈…おめでとう…。」

じゃあね…後でね…。皆が外へ出て行った。
プライムズームで待つ時間…。
もう啓丞は入場した頃だろうか。

「時間です…」

スタッフが私に声を掛けた。

瑛二は怜奈を扉の前で待っていた。
親族では無いけれど、啓丞から新婦との入場をお願いされた時には、少々驚いた。
相変わらず怜奈への想いは断ち切れないが、以前の様にギラギラとした感情では無く、今は心から二人を祝福したい気持ちがとても強かった。
昨日初めて怜奈が本気で怒った姿を見て、啓丞のことを心から愛していることが分かった。二人が一緒に居る時にお互いを見つめ合う目や微笑み…を見ていると、嫉妬よりもほっとする気持ちが強かった。
啓丞を病院で殴った時から気が付いていた…彼が自分を信頼してくれていることを。
そしてライバルである自分に対して「僕に何かあった時には怜奈を宜しくお願いします。」と言われた時には、啓丞の懐の大きさを感じた。

…今は心から二人を祝福しよう

瑛二はそう思った。
衣擦れの音が聞こえた。
振り返るとスタッフとともに歩いて来た純白のウェディングドレス姿の怜奈が自分の元へ微笑みながら歩いて来た。その美しさに瑛二は息を飲んだ。

「瑛二君…引き受けてくれて本当にありがとう。」

笑ったその顔に思わず見とれてしまう程だった。昔から可愛らしかったが、啓丞と過ごすようになってからますます美しくなった。

「馬子にも衣装って言うけど本当だな。」

瑛二は照れ隠しにつっけんどんに怜奈に言った。

「残念でした~。もうそれ雪菜に言われちゃっいました。」

その無邪気に笑う姿は、小さい頃の怜奈と全く変わらなかった。

「ねえ…瑛二君…今日は少しゆっくり歩いてね…。何回も家で練習したけど、どうしてもドレスに躓いちゃうの。」

怜奈はそう言いつつごく自然に瑛二の腕にそっと手を回した。その細くて華奢な腕は、瑛二を頼り、しっかりと瑛二の腕に摑まっている。そして、怜奈が横で動くたびに、いつもする怜奈の良い香りが瑛二の鼻をくすぐった。

「もし…伏見さんと喧嘩して、行く場所が無い時には、俺のところに来いよ。また勝手にひとりで具合悪くなったりしてたらめんどくさいから。」

「瑛二君が居ない時だったらそうする。」

怜奈は笑った。

「…幸せになるんだぞ。」

「…。」

瑛二は何も言わない怜奈をふと見ると、少し俯き、泣いていた。

「おま…今泣くなよ…またおれが虐めたみたいになるじゃん。」

瑛二を見上げた怜奈の大きな目には涙が溜まり、静かに溢れ出ていた。

「今泣いたら伏見さんに会う前に特殊メイクが剥がれるぞ…。」

スタッフが怜奈にハンカチをそっと渡し

「もうそろそろですからね。」

と囁いた。

…駄目だ…緊張してきた。

怜奈が囁いた。怜奈の手に力がこもり、少し震えていた。

「転びそうになったら、俺の腕にしっかり掴まれ、今日はお前に合わせて歩くから。心配するな。」

扉が静かに開いた。

母が待っており、ベールダウンをして

「怜奈…おめでとう。瑛二君本当にありがとうね。」

と泣きながら微笑んでいた。
怜奈はこの母親によく似ていた。怜奈もこの母親と同じように可愛らしく年を重ねるのだろう。
ゆっくりと怜奈に合わせて歩く。小さい頃から怜奈は歩くのが遅くて、瑛二の後ろを一生懸命小走りでついてきた。怜奈に合わせて歩くことなど今まで一度も無かったように思う。
啓丞は嬉しそうに怜奈が来るのを待っていた。物静かだが、確かに男の自分からみてもカッコいいと思う。
一歩ずつ祭壇へと近づいていく。

…レナ…大丈夫か…もうすぐだぞ

…うん。

ウェディング・アイルが終わり、啓丞に怜奈を託す。

…瑛二君…ありがとう…

瑛二の目にもキラキラと光るものがあった。
啓丞は、怜奈の美しさに見惚れていた。自分を遠くからじっと見つめる大きな目、ベールの上からでも分かる、緊張して紅を差したような頬。微笑みを湛えた口元。初めて出会い目があった時の怜奈のはにかんだ姿を思い出した
…この時をどれだけ待ち望んだことだろう。

やっと怜奈が自分のものになるという実感が湧いて来た。
讃美歌はシューベルトのアベ・マリア。
啓丞の母が、昔ピアノで良く弾いていた曲だった。
聖書朗読、が終わり、神父の誓いの言葉が始まった
汝 伏見啓丞は、この女 薬袋怜奈を妻とし良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、
死が二人を分かつまで、愛を誓い、
妻を想い、妻のみに添うことを、
神聖なる婚姻の契約のもとに、
誓いますか?
啓丞は 静かにゆっくりと 怜奈に微笑みながら言った。
はい 誓います
汝 薬袋怜奈は、この男 伏見啓丞 を夫とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、共に歩み、
他の者に依らず、死が二人を分かつまで、
愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、
神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?

怜奈の声は少し震えていた。
はい…誓います。
神父は参列者を見渡した。

皆さん、お二人の上に神の祝福を願い、
結婚の絆によって結ばれた このお二人を
神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう
祈りましょう。

宇宙万物の造り主である父よ、
あなたはご自分にかたどって人を造り、
夫婦の愛を祝福してくださいました。
今日結婚の誓いをかわした二人の上に、
満ちあふれる祝福を注いでください。
二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。
喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、
あなたに支えられて仕事に励み、
困難にあっては慰めを見いだすことができますように。
また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす
恵みによって成長し、実り豊かな生活を
送ることができますように。
わたしたちの主 イエス・キリストによって。

…アーメン

参列者が一斉に言った。
指輪の交換、そしてベールアップ。二人とも立ち居振る舞いが美しく、ため息が漏れた。
誓いのキス
身長差があるため、怜奈がゆっくりとつま先立ち啓丞とキスをした。
そのキスはとても長かった。
列席者から笑いが漏れた。
二人が退場する時も、お互いを見つめ合ったままで、

「列席者がいる事を忘れるなよ…。」

とリョウの声が聞こえ、皆が笑った。

怜奈の心の中に
これからは啓丞と共に二人で手を取り合って生きていくんだという実感がふつふつと湧いて来た。


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