皇太子が電撃交代、サウジ王室「内紛」の舞台裏
過去20年にわたって、サウジアラビアの安全保障・治安部門トップの座にあり、王位継承第1位の皇太子だったムハンマド・ビン・ナエ
フ氏が先月20日、メッカにある王宮4階に呼ばれ、サルマン国王に謁見した。
「MbN」という通称で呼ばれるナエフ氏に近い関係筋によれば、このとき81歳の国王は、おいのナエフ氏に対し、自分のお気に入りの
息子、ムハンマド・ビン・サルマン氏に役職を譲るよう命じたという。
鎮痛剤の乱用によって判断力が落ちている、というのが解任の理由だった。
「国王がナエフ氏との謁見場所に来て、室内には彼ら2人だけが残った。国王はナエフ氏に『退任を希望する。薬物中毒が判断力に危
険な影響を及ぼしており、その治療を勧められても聞き入れなかった』と告げた」とこの関係筋は語る。
事実上の「宮廷革命」を引き起こした異例の謁見に関する詳細が新たに伝えられたことで、世界最大の石油輸出国のリーダーシップを
再構築しつつある事件の真相が明らかになってきた。
ロイターはナエフ氏の薬物中毒について独自に確認はできなかった。
サウジアラビア高官は、こうした説明は「ナンセンスであると同時に、(まったく)根拠がなく真実ではない」と述べている。
「ここで述べられている筋書きは、ハリウッド並みの完全なファンタジーだ」。この高官はロイターに対する声明でそう語り、ナエフ氏の薬
物乱用疑惑については言及しなかった。
同高官によれば、ナエフ氏は国益のために解任されたのであり、どんな「圧力や屈辱」も味わっていないという。解任の理由は「機密事
項」だと語った。
だが、状況に詳しい情報提供者によれば、国王は息子を王位継承者に昇格させることを決意し、ナエフ氏を排除するために彼の薬物
問題を口実として利用したのだという。
3人の王室関係者、王族であるサウド家と関係のある4人のアラブ人当局者、そして中東地域における複数の外交関係者によれば、
ナエフ氏は解任を命じられて驚いていたという。
「ナエフ氏にとっては、大きなショックだった」とナエフ氏に近いサウジ政界関係者は語る。「これは政変だ。彼は不意を突かれた」
情報提供者らによれば、ナエフ氏は衝動的な言動の多いムハンマド・ビン・サルマン氏に地位を奪われるとは予想もしていなかったと
いう。ナエフ氏はサルマン氏について、イエメン紛争への対応や公務員の給与削減など多くの政策的過ちを犯してきたと考えていた。
今回の重大な権力掌握は、「MbS」とも呼ばれている32歳のムハンマド・ビン・サルマン新皇太子が圧倒的権力を手中に収め、王位
継承を加速するよう意図した動きだったようにも見える。
王位継承のあかつきには、この若き皇太子は、いまや石油価格低迷、イエメン紛争、勢いづくイランとの対立、そして湾岸諸国の外交
危機といった厳しい状況を迎えている王国を統治することになる。
ナエフ氏に近い関係筋は、同氏が健康問題を抱えていたことを認め、2009年にナエフ氏の宮殿において、過激派組織アルカイダの
工作員が目前で自爆テロを図った後、病状は悪化していたという。
国王が薬物乱用を理由としてナエフ氏に辞任を求めたとされる会合については、サウジアラビアと関係の深いアラブ人情報筋からも、
同様の説明を得た。
これらの情報筋によれば、ナエフ氏の体内には除去できない爆弾の破片が残っており、同氏は痛みを緩和するためモルヒネなどの薬
剤に頼っていたという。ある情報筋は、ナエフ氏は近年、3回にわたってスイスの医療機関で治療を受けていたという。ロイターは独自
の裏付けを得ることはできなかった。
サウジアラビアのサルマン国王(中央)と、ムハンマド・ビン・ナエフ元皇太子(左)、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(右)(代表撮影/Abaca/アフロ)
<宮廷革命>
国王は、政治・安全保障評議会の会合前に動いた。
会合は午後11時に開始予定だったが、その数時間前にムハンマド・ビン・サルマン氏からの電話を受けたナエフ氏は、ありふれた連
絡だ考えた。ナエフ氏に近い筋によれば、この電話でサルマン氏は、国王がナエフ氏との面会を求めていると伝えたという。
ナエフ氏に解任が告げられた謁見から数時間のうちに、サウド家の主要メンバーで構成される「忠誠委員会」は、国王名義による書簡
を受け取った。
サルマン氏の宮廷顧問らによって作成された書簡には、ナエフ氏が(薬物中毒という)健康問題を抱えており、「2年間にわたり治療を
受けるよう勧告してきたが聞き入れられなかった」と書かれていた。
「この危険な状況ゆえに、彼はその職務を解かれるべきであり、後任としてムハンマド・ビン・サルマン氏が任命される」──。ナエフ氏に
近いサウジアラビアの情報提供者の要約によれば、書簡はそう告げていたという。
この書簡は「忠誠委員会」のメンバーに対して電話で読み上げられ、一方でナエフ氏は一晩中、室内で孤立した状態にあり、携帯電話
を取り上げられ、側近との連絡を絶たれたという。内務省に属するエリート準軍事部隊から派遣される護衛たちも交代させられた。
「忠誠委員会」メンバーのもとには使者が送られ、承認の署名を集めた。34人のメンバーのうち、3人を除く全員が賛同した。こうして
政変は成功した。
ナエフ氏の解任を支持した委員会メンバーからの電話は録音され、宮廷顧問がそれをナエフ氏に聴かせた。ナエフ氏に反対する勢力
の強さを示し、57歳になる皇太子から抵抗の気力を奪うためだ。
王室に近いサウジアラビアの情報提供者2人によれば、ナエフ氏の解任に反対した「忠誠委員会」の3人は、アフメド・ビン・アブドルア
ジズ元内相、故アブドラ国王一家を代表するアブドルアジズ・ビン・アブドラ氏、そして元リヤド副知事のムハンマド・ビン・サウード氏だっ
た。この3氏のコメントを得ることはできなかった。
明け方、ナエフ氏は降参した。彼は宮廷顧問に対し、国王に会う用意があると告げた。この謁見は短時間だった。ナエフ氏は解任を受
け入れ、文書に署名した。
宮廷顧問によれば、ナエフ氏が王宮を離れたとき、サルマン氏が待っていたことに驚いていたという。テレビカメラが回されるなか、ナ
エフ氏はサルマン氏による抱擁とキスを受けた。
まもなく、息子を次の皇太子にするという国王の決定を伝える、前もって準備されていた声明が発表された。その後の数時間、あるい
は数日にわたりサウジアラビアや湾岸諸国のあらゆるメディアで流れることになった映像である。
<自宅軟禁>
解任後、ナエフ氏は人前に現れないよう自宅軟禁状態に置かれており、近親者以外の訪問は許されていない。
ナエフ氏に近い筋によれば、同氏は電話にも出ないという。この1週間、彼が外出を許されたのは高齢の母親を訪れたときだけで、新
たに割り当てられた護衛が同行したという。だが前出のサウジ高官によれば、ナエフ氏は国王や新皇太子などの訪問を受けていると
いう。
ナエフ氏に近い筋によれば、同氏は家族とともにスイスかロンドンに移ることを希望しているが、国王と新皇太子は、ナエフ氏が国内に
とどまることを決めていたという。「彼に選択の余地はなかった」
米国政府と中央情報局(CIA)はコメントを拒んでいる。政府高官によれば、米国政府はサルマン氏がサウジ国王のお気に入りである
ことは了解しているが、「それ以上のことは非常に不透明だ」という。
即位以来、現国王がナエフ氏よりもサルマン氏を重視している様子は明らかで、若き皇太子がかつての王位継承者に取って代わるた
めの状況は整っていた。
サルマン氏は衰えの見える実父の現国王から前例のないほどの権力を委譲されており、外交関係者やサウジの政治・情報関係筋に
よれば、その権力を駆使して、ナエフ氏の了解を得ないまま政治、石油、安全保障、情報といった分野のトップを再編してきたという。
現国王がわずか2年前に即位して以来、サルマン氏は側近を要職に据えてきた。またナエフ氏が統括する内務省にも介入し、同氏に
通知することなく、官僚の任命・昇進・解任を行ってきた。
情報提供者らによれば、王位継承の争いが始まったのは2015年であり、発端は、ナエフ氏の個人宮廷が解体されて国王の宮廷と統
合されたことだ。、これによって、ナエフ氏が独自に庇護を与えて支持者を育てることが困難になった。その後、安全保障分野でナエフ
氏の顧問であったサウード・アル・ジャブリ氏も解任された。
ナエフ氏はアルカイダ対策で成功を収めたことにより、米国の安全保障・情報機関の関係者から強い支持を得ていたが、サルマン氏
はこれに対抗するため、トランプ大統領の就任を機に、米国政府との人脈を強化してきた。
ナエフ氏に近い筋がロイターに語ったところによれば、今回の「クーデター」は、サルマン氏がトランプ大統領の娘婿であるジャレド・ク
シュナー氏と強固な関係を築いた後に決行されたものだという。
ナエフ氏が皇太子から外され、代ってサルマン氏が昇格したことについて、あるホワイトハウス当局者は次のように語っている。
「米国政府は、他国の難しい国内事情に介入しないように、また介入していると見られないように心がけている。国王、ムハンマド・ビ
ン・ナエフ王子、ムハンマド・ビン・サルマン王子には大きな敬意を払っており、一貫して、サウジアラビア王国及びその指導部との協力
を維持したいという希望を強調してきた。このメッセージは、政府のあらゆるレベルで伝達している」
サルマン氏の突然の昇格を受けて、現在、外交関係者、サウジアラビア及び他のアラブ諸国当局者のあいだには、現国王が息子への
譲位を準備しているのではないかとの憶測が浮上している。
サウジアラビアのある情報提供者は、宮廷での証言を引用して、現国王は今月、息子への譲位を発表する声明の事前録音を行ったと
述べている。この発表はいつでも放映可能で、早ければ9月になるという。