EU離脱とシルバー民主主義

   

2016年6月23日、イギリスがEU離脱の是非をめぐる国民投票を実施し、離脱派が51.9%を獲得しました。これにより、イギリスはEU離脱へ向けた手続きを進めることとなりました。そして2017年3月13日、イギリスの議会でメイ首相にEU離脱を通告する権限を与えることが可決され、期限内でのEU離脱通告が可能となりました。

さらに同日、スコットランドの自治政府はイギリスのEU離脱手続き開始が間近に迫ったことを受けて、独立の是非を問う住民投票を再び実施する方針を明らかにしました。イギリスのEU離脱をめぐる事態は混迷を極めてきている様です。

 

EU離脱を巡っては、若者はEU残留を望み高齢者はEU離脱を望んでいるという対立構造が世論調査で取り上げられていました。このような対立はシルバー民主主義にも通じるところがあり、今の日本においても大いに参考になると思われるため、この投稿で深堀してみたいと思います。そして、このような問題を解決するアイデアについてもご紹介させて頂きます。

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目次

イギリスでの世論調査

英調査機関ロード・アシュクロフトの調査によれば、18~24歳の73%、25~34歳の62%が残留を支持した一方で、65歳以上の残留支持は40%に留まりました。世論調査会社ユーガブの調べでも、18~24歳の約4分の3が残留を支持しました。(注1)

若い人ほどEU残留を支持し、高齢者ほどEU離脱を支持する構図となりました。

 

また、国民投票でEU離脱が過半数を占めたことを受けて、この結果を嘆くイギリス国民から多くの発言やTwitterがなされました。

ガーディアンの動画に登場する女性の発言

「16、17歳の声は聞いてもらえなかった。私たち自身より90歳の人の方が、私たちの残りの人生を決める力が強いなんて」

 

英国人女性のワシントン・ポストへの寄稿

「戦後のベビーブーム世代の判断ミスによって金融危機が起こされ、若者に大きく影響する緊縮策がとられ、そして今度はEUを離れろと。しかも、もたらされる結果をほとんど見ることなく生涯を終えるのに」

 

フィナンシャル・タイムズに載ったTwitterのコメント

「三つの悲劇。まず労働者。経済的に見捨てられてEU離脱に投票したのに、雇用や投資が失われて短期的に最も苦しむのは彼ら。次に若者たち。チャンスや友情、結婚、どれだけのものが失われたかわからない。すでに上の世代が残した債務に苦しむのに、さらに祖父母や両親らによって、移動の自由が奪われた。最後に恐らく最も重要なことには、私たちが事実に基づかない民主主義(post-factual democracy)時代にいるということ。反知性主義が偏狭な考えに結びつかなかったことがあるなら教えて欲しい」

(注2)

 

民主主義の構造的な問題点

今回の国民投票では、「若者」vs「高齢者」という構図でした。一人が一票を投じる権利が与えられ、高齢者から多くの支持を得ているEU離脱が可決されました。しかし、一人一票というのは本当に平等なのでしょうか?これは民主主義の構造的な問題点をはらんでいます。

 

上述のガーディアンの動画に登場する女性の発言が端的にこの構造的な問題を指摘しています。

「16、17歳の声は聞いてもらえなかった。私たち自身より90歳の人の方が、私たちの残りの人生を決める力が強いなんて」(再掲)

 

国民投票は一人一票が平等に与えられていますが、これは本当の意味で平等なのでしょうか?残り少ない余生を楽しんでいる高齢者と、これから50年、60年、70年もの間生きていくであろう若者が、国の将来について意思決定をする際、同じ1票(17歳以下は0票)で良いのでしょうか?

 

民主主義が成り立つ前提条件

一人に対して一票が与えられる現行の制度では、「自分にとってメリットのある政策を実施してくれる政治家/政策に投票する」のが当たり前だという構造になっています。

しかし、本来あるべき姿としては、「自分にとってはデメリットとなるが、国全体のことを考えればこの政治家/政策に投票する」という考え方で投票すべきだと私は考えます。

なぜならば、このような考え方に基づき投票することで、不必要な既得権益者を排除し、国が良い方向に向かい改善されていくからです。

高齢者の方々が若い世代よりも素晴らしいのは、彼らが長年培ってきた知識や経験により、「国にとって何が一番良いのか」を判断できる点です。決して「自分にとって何が一番良いのか」ではありません。

先日行われたEU離脱を巡る国民投票では、このような判断で投票できた人は果たしてどのくらいいるのでしょうか?恐らく多くの方が自分にとって最善な策に投じていると思われます。

 

シルバー民主主義の一例

イングランド北部地方のサンダーランド市は、日産自動車の工場があり、ここから生産される自動車の約8割を輸出しています。EU離脱となれば、関税の影響を避けるために、工場移転の可能性もあり、サンダーランド市民の雇用が失われるリスクが危惧されています。

こういった状況の中、62歳の女性がインタビューに対して次のように回答しています。

「息子が日産にいるけど、輸出向けの税金みたいのが上がるかもって言うのよ。工場がフランスに移転するといううわさもあるわ。私は離脱に入れたのだけど、大丈夫かしら」(注3)

 

この発言について、皆様はどのように感じられるでしょうか?

62歳の女性は「自分にとっての最善策」として、EU離脱に投票しています。一方で、「息子にとっての最善策」はEU残留だという認識をしています。

この女性の「家族全体にとっての最善策」を考えた場合、余命20年程度と思われる女性の生活と、余命40~50年あると思われる息子の生活を総合してみると、EU残留を選択した方が良いと言えます。

自分の家族全体にとっての最善策すら考えられない人が、国全体のことを考えることなど不可能だと私は思います。

 

シルバー民主主義の解決策

では、どうすれば上記のような民主主義の構造的な問題を解決できるのでしょうか?

私は、若い世代により多くの投票権を与えれば良いと考えます。

このコンセプトは、「若い世代の方が遠い将来のことまで考えるので、国の政策を長期的な観点で考えて投票できる」というものです。

 

詳しくは、一票の格差とは?みんなが納得できる選挙の方法は?で説明しているので、興味のある方は是非ご覧ください。

また、シルバー民主主義に関しては、シルバー民主主義の問題点と解決策で詳しく述べているので、こちらも併せてご覧ください。

 

最後に

イギリスの国民投票でEU離脱派が勝利したことは日本にとっても他人事ではありません。むしろ日本の方がシルバー民主主義の弊害が既に深刻化しています。

日本では若者が投票に行かないという若者の政治離れが問題視されていますが、イギリスでも同様のことが起こっている様です。この問題を放置しておくと、高齢者優遇の短期的な視点に立った政策ばかりが実行されてしまいます。これでは長期的には国が廃れてしまいます。

若者が一人一票ではなく、二票とか三票投じられるようになれば、「自分が投票してもしなくても変わらない」という考えから、「政治参加しよう」という考えに変わるのではないでしょうか。そうなれば、若者の投票率自体も改善するのではないかと思います。

 

シルバー民主主義は、現行の制度上構造的な問題であり、防ぎようがありません。これを解決するには世の中の仕組み自体を変える必要があります。

若者に多くの投票権を与える選挙制度の導入は、この問題の有効な解決策になると私は信じています。

 

注1 出典: 日本経済新聞 2016年6月25日 英国民投票、若年層は大半が「残留」 世代間で意識に違い

注2 出典: BuzzFeed Japan 2016年6月25日 【EU離脱】高齢者に怒り、悲痛な声をあげる若者たち なぜ?

注3 出典: 日本経済新聞 2016年7月7日 一票に込めた反政権 イギリスの日産城下町を歩く

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