武内つなよし「赤胴鈴之助」1960年頃
前回の自分史で「幼い頃に文化的な接触を図れる場所は限られていた」と
嘆いてしまいましたが、よく考えたらまだありました。
それは当時、流行していた貸本屋さんです。そこでたくさんのことを学びました。
「赤胴鈴之助」も「ビリーパック」も「月光仮面」も近くにあった貸本屋さんで知りました。
また、ヒーロー達が活躍していたのは毎月初めに貸本屋さんに届く少年、少女漫画雑誌でした。
(下の写真に私は写っていませんが、当時の貸本屋さんはご覧のような有様でした。)
少年、少女雑誌には付録がいっぱい付いていて、組み立てる楽しさや
本誌とは違う別冊漫画に心躍らせたものです。
昭和30年代前半の話ですからまだ、週刊漫画はありませんでした。アニメもゲームソフトもありません。
あの頃は日本全国、どこにいても時間がゆっくりゆっくり流れていたのではないでしょうか?
前回の自分史で「幼い頃に文化的な接触を図れる場所は限られていた」と
嘆いてしまいましたが、よく考えたらまだありました。
それは当時、流行していた貸本屋さんです。そこでたくさんのことを学びました。
「赤胴鈴之助」も「ビリーパック」も「月光仮面」も近くにあった貸本屋さんで知りました。
また、ヒーロー達が活躍していたのは毎月初めに貸本屋さんに届く少年、少女漫画雑誌でした。
(下の写真に私は写っていませんが、当時の貸本屋さんはご覧のような有様でした。)
少年、少女雑誌には付録がいっぱい付いていて、組み立てる楽しさや
本誌とは違う別冊漫画に心躍らせたものです。
昭和30年代前半の話ですからまだ、週刊漫画はありませんでした。アニメもゲームソフトもありません。
あの頃は日本全国、どこにいても時間がゆっくりゆっくり流れていたのではないでしょうか?