(はじめに)

私は、日本の財政は破綻しないと思っています。しかし、市場参加者が「財政は破綻する」と考えた場合、国債の相場が暴落することは充分に考えられます。その時、どのような事態に陥り、それがどのように収束するのか、頭の体操をしてみました。

 

第2部で、意外な展開となります。ご笑覧いただければ幸いです。

 

(第1部)

■日本国債の格付けが「投機的」に

203☓年☓月☓日、米国の格付機関が日本国債を「投機的」に引き下げると発表した。日本時間の未明、ニューヨーク市場の日付は、まだ前日であった。猛烈なドル高円安となり、ニューヨーク市場に上場している日本株はすべて暴落した。邦銀のニューヨーク支店には外銀から返済要請が相次ぎ、ニューヨーク連銀が(おそらく日銀の要請を受けて)資金を融通して難を免れた。中央銀行は、「最後の貸し手」なのである。

 

夜が明けて、東京市場が開くと、日本国債は暴落した。額面100円の国債が30円で取引されたのである。機関投資家の中には、投機的格付けの債券を保有してはならないとの自主ルールを設けている所も多いため、売りが殺到したのである。自主ルールを設けていない投資家も、「自主ルールを設けている投資家が売るだろうから値下がりするだろう。自分も急いで売ろう」と考えて売り注文を出した。投機家たちは、国債のカラ売り(国債先物の売り)に殺到した。

 

1ドルは300円になった。政府が破産するような国の通貨は誰も持っていたくないので、ドルに替えようという注文が殺到したのである。株価は、当然のようにほぼ全ての上場銘柄がストップ安となった。

 

■売りが売りを呼ぶパニックのメカニズムを解説(初心者向け)

金融市場という所では、値下がりすると売り注文が増える力が働きやすい。たとえば「損切り」という自主ルールを設けている投資家は多い。一定以上の損が出た場合には、一度すべての持ち物を売る、というルールである。損失が無限に拡がる事を回避する目的、負けが込んだ担当者が冷静になるための時間を設ける目的、等があるとされている。このルールにより、値下がりが売り注文を増やすのである。

 

借金で国債を買っていた投資家には、不安になった銀行から返済要請が来るので、泣く泣く売らなければならない、という場合もある。国債先物を買っていた投資家も、同様である。株式であれば、「信用取引」を行っている投資家が株価の下落によって「証拠金の追加」を要求され、払えない場合には泣く泣く持ち株を手放す事があるが、同様のことが国債についても通貨についても発生し得るのである。

 

このように、「売りたくない売り」が大量に出てくる事が予想されると、先読みをして「売りたくない売りが出てくるはずだから、自分が先に売っておこう」と考える一般の投資家たち(及び投機家)が出てくるので、一層価格が下落することになりかねない。

 

■この世の終わりを覚悟する

金融市場は、まさにパニックであった。多くの市場参加者は「この世の終わり」が迫っていると考えて、持っている国債や株を投げ売りし、円をドルに替えようと奔走したのである。

 

特に悲惨だったのは、外国人投資家であった。彼らは来日した際に1ドルを約100円に替え、概ね額面で国債を購入していたのだが、額面の3分の1に暴落した値段で国債を売り、売却代金の円をドルに替えて本国に逃げ帰ったのである。投資額は、およそ10分の1に目減りしていた計算になる。

 

政府は、大規模なドル売り介入として、外貨準備を1兆ドル売却したが、焼け石に水であった。ドル売り介入で市場から吸い上げられた資金を供給するため、日銀は巨額の買いオペ(市場から国債を購入して代金を支払う取引)を行なったが、国債価格を回復させる事は出来なかった。

 

株価は暴落し、GPIF(年金の資金)などが必死に買い支えたが、ほぼ全銘柄がストップ安のまま、取引を終えた。

 

市場関係者の多くは、ため息もつけないほど青ざめていた。円と国債を空売りしている投機家だけが、買い戻しで得られる利益を計算しながら微笑んでいたのである。

 

夕方になり、東京市場が閉まると、投資家たちは長かった一日を思い出し、其々にため息をついた。しかし、本当のため息をついたのは、その後であった。

 

(第2部)

■嵐は過ぎ去った

冷静に考えると、今日一日で日銀は1000兆円分の国債を購入している。政府がドル売り介入で売ったドルは1兆ドル。その代金300兆円を政府が市場から吸い上げたため、同額を日銀が市場に供給するべく、国債を購入した。額面の3割に暴落していた国債を額面1000兆円分購入したのである。

 

日銀は以前から大量の国債を保有していたため、合計すると、今では発行済国債のほとんどを日銀が保有している事になる。政府の財政赤字は、事実上消えたと言っても過言ではない。

 

政府が売却した1兆ドルは、かつてドル安円高だった時にドル買い介入で購入したものである。購入時は1ドルが100円であったから、取得価格は100兆円という事になる。

 

政府と日銀を連結決算で見た連合軍は、100兆円で買ったドルを300兆円で売り、それを使って1000兆円分の国債を買ったので、今日1日で900兆円の利益を稼いだ事になる。何の事はない。敗者に見えた連合軍が、実は最大の勝者だったわけである。

 

今日、多くの投資家(投機家)が空売りをした。「とりあえず空売りしておき、値下がりした所で買い戻して利益を得よう」と考えていたわけである。彼らは、明日以降、買い注文を出すであろう。損切りの売り注文を出した投資家も、「とりあえず全部売って、担当者が冷静になったから、明日からは再び買おう」と考えている。

 

しかし、発行済の国債は、ほとんどを日銀が持っている。日銀が何円で売ってくれるか、わからない。空売りをしていた投資家は、日銀が「額面の5倍」と言ってきたら、その値段で買い戻さなければならないのである。彼らは恐怖の一夜を過ごすことになる。まさか中央銀行がそのような殺生な事はしないだろう、という勝手な読みだけが一縷の望みであった。

 

政府と日銀は、高らかに勝利宣言をした。「ご安心下さい。嵐は過ぎ去りました。あとは、残骸の整理をしっかりと行ないます」

 

すでに欧米の市場は開いており、猛烈なドル売り円買いが起きていた。円を空売りしていた投資家が一斉に買い戻しを始めたのである。

 

■残骸の整理:銀行の倒産を回避

多くの投資家が大損をした。倒産する所も出てくるだろう。政府・日銀連合軍が巨額の利益を得たのだから、損をした投資家がいるのは当然のことだ。それは「自己責任」の世界の事であるから、政府が救済すべきことでもあるまい。

 

といっても、何事にも例外はある。銀行が倒産すると困るのである。金融は経済の血液と言われている。銀行の倒産によって金融の流れが止まってしまうと、実体経済が廻らなくなり、大打撃を被りかねないのである。そこで、銀行が倒産しないような救済策が必要となるのである。

 

バブルが崩壊した後、多くの銀行が倒産し、金融危機となった際、政府が銀行を救済しようとして大きな議論となった。「バブルの戦犯であり、最近では貸し渋りをしているケシカラン銀行を助けるために、我々の血税を使うのはダメ」といった反対意見が多かったのである。

 

しかし今回は、銀行はどちらかと言えば被害者というのが世論の理解であった。保有していた国債が暴落したのもジャパン・プレミアムを払わされたのも、政府の財政赤字が悪いのだ、ということであった。そこで、比較的スムーズに銀行救済策が実現した。

 

内容は、銀行に議決権の無い優先株を発行させて政府が購入する、というものであった。将来、銀行の自己資本が充実してきた段階で、銀行が政府から優先株を買い戻すという条件であったため、法的には、また決算書上は、株式であったが、実質的には融資に近い性格であったと言えよう。

 

こうして銀行が短期間で健全性を回復したため、銀行の融資が滞ることもなかった。金融市場は大混乱したが、実体経済は何事も無かったかのように、通常の活動を続けていた。当然、企業の生産も利益も影響は受けなかったから、株価も以前の水準まで戻った。ここでも嵐は去ったのである。

 

おしまい。

 

(おまけ)

本文は、これで終わりであるが、最後に政府・日銀連合軍の勝因について述べておきたい。第一は、負債が円建てだったこと、第二は、連合軍の結束が堅かったこと、である。

 

■負債が円建てで助かった

通常、政府が破産するような国では、経常収支が赤字で、政府も民間も外貨債務を抱えている。そうした国で政府が破産するという噂が流れると、外国から融資返済要請が殺到する。そうなると、借り手は自国通貨をドルに替えて返済することになるため、ドルが高くなっていく。最初に返した借り手は良いが、次から返す借り手は巨額の自国通貨を用いて返済用の外貨を購入することになり、破産するのである。

 

しかし、日本の対外資産負債は、原則として資産がドル建て、負債が円建てであるため、外国からの返済要請が来ても何も困らない。むしろ、日本政府が破産するという噂でドル高円安になると、日本政府(およびドル資産を持っている日本人投資家)が儲かることになるのである。

 

これは、非常に強固なポジションである。何と言っても「日本政府が破産する」と言われれば言われるほど日本政府のバランスシートが改善していくのである。これでは財政が破綻する筈がないであろう。

 

仮に日本政府が外貨準備を持っていなかったとする。その場合でも民間の投資家が保有しているドルが高値で売却でき、その売却益の一部が納税される事によって、財政バランスは大幅に改善されるであろう。いずれにしても、日本の財政は盤石なのである。

 

■連合軍の結束が堅かった事が勝因

金融危機に際して懸念されるのは、結束の乱れである。第一に与野党の結束が乱れ、必要な法案が政争の具としてもてあそばれる可能性である。国会の審議拒否、牛歩戦術なども迷惑だが、衆議院と参議院の「ねじれ」があると最悪である。今回は、国難に際し、各党が協力して事に臨んだ事が最大の勝因であったと言えよう。

 

今ひとつ、日銀と政府の協力関係も、じつに円滑であった。日銀の赤字と政府の赤字を「連結決算」と考え、連合軍として一致協力したのである。「日銀の政府からの独立性」は「金融政策は政府の命令ではなく日銀が自分の判断で決める」という事であって、危機対応の際にまでセクショナリズムを押し通すべきでは無い。このあたりの協力関係が上手く行ったことも、今回の勝因の一つであった。

 

今回は、シミュレーションであったが、仮にこうしたシナリオが実現したとしても、政府・日銀連合軍が一致団結して対処する事を切に願うものである。

 

以上。