続きです。
『もうその辺で…キリがないから…』
ちょっと、デリケートな話で、言い方が大事だと思うんですが…。
ごめんなさい、一言一句正確には思い出せません。
なので、人によって、違う伝わり方をしてしまうと思います…。
そんなようなことを言われた、と幅を持って読んで頂ければありがたいです。
お父さんの方を向くと、視界の端に時計が飛び込んで来ました。
もう23時を回っていました。
『ごめんなさい、もうこんな時間…』
『ああ、いや、そうじゃなくて…せかしたいわけじゃなくてね…。言いたいことは尽きないだろうけど…どれだけ言っても納得できるようなことじゃないだろうから…ね…』
聞くに堪えなかったのかな、と思います。
息子可愛さがゼロだったとは思いません。
でも、私の気持ちも考えてくれているようには見えました。
(ここまで話して来て、お父さんは、ちょっと口下手な様子が随所にありました)
ちょっと正確な表現が出来ないのですが…
言えば言うほど、私が嫌な感情に呑み込まれていってしまうだけだから…というような趣旨のことを仰ったように記憶しています。
どのみち、それがどんな感情によるものだったとしても、私としてもタイムアップになろうというタイミングでした。
終電の時間が迫っていました。
その後、どうやって話を切り上げたんだったか…。
お父さんと、もう二言三言、言葉を交わしつつ…
彼にも二度三度ぐらいは、何かを言ったような記憶があるんですが…
何を言ったか、覚えていません。
ああ、そうだ…。
もしかしたら、このタイミングじゃなくて、誓約書を書き上げた時だったかもしれませんが…たぶん、この時だったと思います。
誓約書の内容をもう1度確認し、約束して貰うと共に、もう1つ約束をして貰いました。
『これで終わりにするけど…私はこれから帰って、1人の時間の中で、何を思って、どんな感情を抱き、どんな状態に陥るか、今はまったく想像もつかないの。こんなこと、想像もしてなかったしね。だから…』
『……』
『どうしたって、この先10か月は、この振り込みという形だけとはいえ、縁は続くわけなので…今後、もし私から何らかの連絡があったとしたら、必ず反応して欲しい』
『…わかった』
『電話…はどうせ取れないだろうから。仕事中は勿論だけど、奥さんと居たら、取れるわけないもんね?』
『……』
少し、否定しかけた様子があったように記憶しています。
いや…とか、あの…とか、そんなような言葉もあったかもしれません。
『だから、するとしても、メールだと思うけど。ああ、でも、もし電話したとしたら、その時取れないとかは構わないから、必ず折り返して。そのぐらいはして貰っても罰は当たらないと思うの』
『…うん』
『まぁ、連絡しないかもしれないし。でも、もしかしたら、相談や、文句や、愚痴や、非難…を送りたくなるかもしれない。するもしないも、したとしてどんなものになるのかも、約束できないけど。それがどんなものであったとしても、たとえ貴方にとっては好ましくない内容だったとしても、必ず返信して。この1か月半みたいな、私の人格を否定するような、私の存在を足蹴にして踏みつけるような対応だけはしないで。…出来る?』
『…約束する』
私は席を立ちました。
『こんな時間まで、すみませんでした。色々とありがとうございました』
近くにいたお父さんに、頭を下げました。
『お手洗い、いっといたら?』
『あ、そうですよね。ありがとうございます。お借りします』
促されるまま、お手洗いをお借りしました。
戻ったら、お母さんから、手土産を差し出されました。
『これ…さっきの鮭と、牛丼の具があったから、少しだけど…』
『そんな…頂けません…』
『少しだから。ごめんね、こんなことしか出来ないけど…ご飯、ちゃんと食べてね』
『…何から何まで、すみません。ありがとうございます』
また泣きそうになりました。
彼の座っていた席の背中にかけてあったコートやマフラーを取り、身支度をしながら、彼に声を掛けました。
『貴方からも、お父さんとお母さんにお礼とお詫びを言ってね。本当によくして頂いたから』
『…うん…』
『それじゃあ、失礼します。遅くまで本当にすみませんでした』
『お父さんが、駅まで送るって』
『え、いや、そんなとんでもないです』
『もう遅いし、暗いから。送って貰って』
気づくと、お父さんはもう玄関に出てらっしゃいました。
『すみません…』
お父さんに促され、靴を履き…お母さんに再度、お礼とお詫びを告げ、頭を下げて、お父さんに続く形で家を後にしました。
彼には、もう何も言いませんでした。
目も合わせず、視線も向けませんでした。
道々、お父さんとまた、色々とおしゃべりをしました。
『落とし前って言っても、何も出て来なかったでしょ』
やっぱりだよ、というように、お父さんは言いました。
私には青天の霹靂のような事態で、理解も納得も許すことも出来ないことでも…
お父さんたちにしてみれば、ずっとずっと見て来た息子の姿です。
強い諦めと呆れが、滲んでいました。
『こんなこと言ったらあれだけど…6万を10か月…絶対途中でやらなくなると思うよ…』
『ですよね』
さすがに私も、この期に及んで、今回こそは本当にちゃんとしてくれる筈などと、100%で信じるほど愚かではありません。
支払いを約束させたのは、けじめとしての、ただの1つの形です。
それを果たさないなら果たさないで、違う手段に出るだけです。
もっと酷い目に遭わせる為の。
それは、メールや電話のくだりに関しても、同様です。
まぁ、さすがにそれは、お父さんには言いませんでしたが。
この道すがらでも、遊びにおいでと言われた気がします。
(そういえば、家で話している時、貴女が嫁だったら良かったと思うけど…というようなことも、お父さんお母さん双方から、異口同音で言われたりもしました)
こんな言い方をしていいのかわかりませんが、お父さんは、私と話すのが楽しそうでした。
(この辺がもしかしたらちょっと、ASDっぽいのかな…と思ったりしました)
本当に色々、沢山、ずっとしゃべっていたのですが…。
残念ながら、殆ど覚えていません…。
気持ちを切り替えて…みたいなことも言われた、気がします。
そうして、駅に着き、エスカレーターの前で立ち止まった時。
お父さんの手に、お金が握られていました。
『これ…少なくて申し訳ないんだけど…』
『いや、そんな、貰えません』
『いやいや、ホント、見て。これしかないからさ…何の足しにもならないと思うんだけど…』
2万円でした。
『いえ、でも、ホント、貰えません』
『いいから、貰って。こんなことしか出来なくて、本当に申し訳ない…』
強引に渡されました。
『ね。ほら、しまっちゃって』
ありがたくて、申し訳なくて、結局受け取る自分が情けなくて…涙が溢れました。
『ごめんなさい…私、絶対に受け取るべきじゃないのに…』
お父さんも、泣いてらっしゃったような気がします。
『何もしてあげられなくて申し訳ない…ホント、いつでも遊びに来て…』
その後、結局、泣きじゃくりながらエスカレーターに乗って…
お父さんは、改札までついて来てくれました。
『すみません、ここまで送って頂いてしまって…』
『家の方は、駅からの道、大丈夫なの? 暗くない?』
『大丈夫です。ありがとうございます』
もし暗いと言ったら、ついて来てくれそうな勢いでした。
まぁ、勿論、そんなことはなかったと思いますが…。
そのぐらい、気を遣って下さると共に、名残惜しそうでした。
でも、いつまでグズグズしていても仕方ありません。
時間も時間です。
何度もお礼とお詫びをして、改札を通りました。
階段に向かい、振り返ると、お父さんはまだ同じ場所に立ってらして…
結局、私の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていて下さいました。
そこから、電車が遅れていて、最後は結局、終電で最寄り駅まで帰ったのですが…。
道中、自分が何を思っていたか、一切思い出せません。
断片的に、車内の光景や、乗り換えの時の移動を少し思い出せるぐらいで…。
家に帰り着いた時の記憶もありません。
頂いた品を、冷凍庫にしまった記憶はあります。
(牛丼は常温保存だったのに、冷凍してしまいました。全然頭が働いていませんでした…)
鮭は、4枚も入っていました。
おそらく、私に出してくれたものと合わせて、全部だと思います…。
それだけでも、お母さんの気持ちが窺えました。
後はもう、ブログに書いた通りです。
ただただ放心状態で、その日は終わりました。
12日の出来事は、これですべてです。
思った以上に、長くなってしまいました。
でも、どうしても、可能な限りすべてを、書いておきたかったのです…。
お付き合い頂き、本当にありがとうございました。