十和田自然農園

鹿角またぎ自分史 …75年生の足跡~エンディング録です

熊 とタケノコ採りの悲劇!

2016年06月10日 22時36分15秒 | 日記・エッセイ・コラム


⇒ ⇒ 高速道路  
2016年4月1日 左尾根:↑ 花輪スキー場      中央奥の頂:↑ 皮投岳                 右尾根:↑ 八百長根 

                     〔 自宅玄関前より撮影…東北自動車道~山麓まで残雪ゼロ 〕  


 今季の冬は極端に雪が少なく、春の雪解けも早かったので… 何となく悪い予感はしていました。

 3月下旬には畑の雪もすっかり消えてしまい、植えてある菜の花の新芽も「山葵」や「行者ニンニク」等の山菜も2週間ぐらい早かったのです。


 北奥羽山脈のど真ん中《十和田八幡平国立公園》内に位置する、ここ 鹿角 は… 北は十和田湖~南は八幡平の連山に囲まれた自然豊かな山郷です。半年も雪に埋もれる山々 からは涸れることなく水を供給してくれ、縄文の昔から民も鳥獣も生命のバトンをつなぎ今日まで生き抜いてきました。

 鹿角市・郡で有名な物…昔は、①鉱山、②十和田湖、③八幡平、④声良鶏、⑤秋田犬、⑥きりたんぽ 、⑦温泉 等です。
 現在は、①熊、②花輪ばやし、③北限の桃、④康楽館(小坂町)、根曲りタケノコ、⑥アカシア蜂蜜(小坂~十和田高原) ぐらいかな?

 鹿角の5月~6月の山は、正に緑一色(白く見えるところは、アカシア&トチの花)山菜、根曲りタケノコの宝庫です。十和田の山々は北に位置するが、根曲がり竹は南の八幡平より早く採れ…5月上旬は、大湯川(白沢~大清水)沿い…中旬以降は、大平~発荷峠、樹海ライン、十和田高原(温川沢近辺・熊取平・田代平・迷ヶ平)などです。 八幡平は山の鹿角市側斜面が北側なためか? 十和田より約1ヶ月遅く、6月上旬頃「トロコ(アスピーテライン登り口)辺りや 国道341号線沿いの斜面から採れ初め、中旬頃は、大沼、後生掛、玉川温泉(仙北市)などが最盛期に…それ以降は、さらに上の 蒸ノ (登山道沿い&沢の奥は7月中旬頃まで)、大深 などです。


 十和田高原は標高が低く陽当たりが良いためか、5月中旬頃から「根曲がり竹」タケノコ採りの最盛期に入ります。 東京へ転勤になった54歳前までは、5月の連休に入ると 国道103号線の 中滝 から分岐する国道104号線沿いの大湯川へよく岩魚釣りに出掛け… 川岸の山菜を採ったり清流の河原で、子供達と弁当を食べたりして遊んだものでした。

 《農園初期頃…国道103号線からの重機搬入口》   《2013年9月の農園入口》             《農園内の行者ニンニク群落》
    
 《2015年6月、農園内一面のアカシア落花》   《農園入口&遊歩道の概略図(境界確認時の図面)》

 国道103号線沿い 白沢 の『十和田自然農園』からは2kmの地点なので、山菜を採っても2時間ぐらいで戻って来れる距離です。「自然農園」とは言っても、平成6年に原野7反歩を購入し南側2反歩に重機を入れ、柳・アカシア・イタドリを抜根しただけの開墾地なのですが…たまたま「岩魚」釣りで見つけた山菜穴場から、「山葵」や「行者ニンニク」などを採ってきては、植え付けただけの自己満足「自然農園」です。
 私の山菜採り穴場の北側斜面を50mほど登ると、そこは遥か彼方まで竹藪と雑木の原生林が広がる…その名も怖ろしい【 熊取平 】です。


 国道104号線からは【熊取平】経由の山道や、【田代平】の高原の中を〔県道128号線〕が通っていて、広大な牧草地帯を抜けると… 通称【 迷ヶ平(まよがたい)】 辺りで〖 国道454号線 〗に突き当たります。 そこから北側の県境には  《 十和利山 (とわりさん) が… さらに北の〔青森県〕側には、キリストが地上に降りて来たという、降臨神話で有名な「新郷村」の 《 戸来岳  (へらいだけ) 》 があります。 《 十和利山 》 には登山道もあり、妻と小学4~5年頃の子供達が 親戚のA さんと登っています。 私は専ら〖国道454号線〗を走るのは、十和田市や八戸市に行く時、通るルートです。

 〔県道128号線〕の道路沿いは、牧草地や畑ですが、牧草地に開墾されていない広大な藪は「根曲がり竹」の宝庫なのです。 でも私はこの歳まで、一度も ここの「根曲がり竹」群には足を踏み入れたことがありません!

 それは正直言って…怖いからです! 実は40代に八幡平の「玉川温泉」近くへキノコ採りに行き、一度だけ迷ってしまい 3時間も根曲がり竹群の中を、気が狂ったようにさまよい歩いたことがあるのです。 そこの地形が尾根までず~っと平で【熊取平】や【田代平】の地形とそっくりでした。まさかの?あんな山の奥にあんなに広い台地があるなんて今でも信じられません! あの日は妻の実家に帰省していて、朝から「小春日和」のように穏やかな日曜日…義母が “八幡平のナメコ美味しかったね!” の一言で…玉川温泉を少し下った場所のナメコ採りを思い出し、昼過ぎには戻るつもりで出発、国道341号線のいつもの場所に車を停め、いつもの崖を登りきって「根曲がり竹やぶ」に入ったのです。

 ナメコ・ブナハリタケ・ムキダケで リュックは直ぐに一杯になり、帰ろうとしたがいつものようには戻れず、さらに現れたのは…竹やぶ、いや山一面に敷き詰められた【ナラタケ】の大群に遭遇したのです。 粉を噴き出してもう美味しくなさそうでしたが、自慢したかったのか ゴミ袋2つに詰めて持ち帰ろうとしたその時… 突然、辺りが真っ暗になり、立ち上がって尾根の方を見ると 噴火のような【黒雲】が物凄い勢いで頭上を覆い、単発の【雨弾】がバシバシ降ってきたのです!
 雷が落ちる もう必死で竹やぶの中を身を屈めて逃げた。 尾根の反対へ行けば国道に出られると判断したのだが、行けども行けども国道の崖には出られず、ついに動けなくなり死を覚悟し窪地にうずくまった。意識を失ったのか寝たのか分からないが… 目を覚ましたら、周りはまた元のように明るくなっていて、雨にも雷にも撃たれていませんでした。 但し、ゴミ袋は跡形も無くなり、リュックは背中にあった。

 黒雲さえいなかったら、もう怖くない!私は地図を思い出し、確かこの辺は尾根の陰は「夜明島川」の上流、遥か向こうには「森吉山」があるはずだ。そして国道は尾根と平行して走っている。国道には台地から何本も が流れていた。だから、尾根と平行して真っ直ぐ進めば必ず「」があるはず!腕時計はないが、まだ3時前だと思う、気を取り直して尾根と平行に南(田沢湖側)へ歩いた?つもり。 何故か?竹やぶに黒いビニール片が、あちこちに引っかかっている。誰だこんなことして 犯人?は…俺だと直ぐ分かった。 30分ほど歩いたら に当たった! 見知らぬ を 恐る 恐る下ったら国道に出た。道路を1キロぐらい歩いたら車に辿り着いたのである。 ヘルメットを被っていたが顔は傷だらけ、リュックのキノコはべちゃべちゃに潰れた、が、助かりました。 (私の事例は最悪…函館小2の子はとても賢いし、
運まで最良!)


 なめこ・ブナハリタケ・ムキダケ採りは10月中旬頃ですから、「根曲がり竹やぶ」で熊と遭遇したことはありませんが…5月~6月の「根曲がり竹やぶ 」は 超ヤバイです!  あれ以来…道路沿いの崖か、沢沿いの崖以外の、平らな地形の広い「根曲がり竹やぶ」には絶対入らないことにしています。

 私は鉄砲撃ちなんですが、丸腰で「根曲
がり竹やぶ」内で、もし100kg級の熊に襲われた場合、戦って勝てる気がしません! 山刀で対抗しても…爪&牙で攻撃して来る四つ足には、身動きとれない二足歩行の人間は全く不利、俊敏に動くなど? 交わすことも反撃することもできないのでは?と、思います。
 しかも、ヘルメットと厚手のゴム手袋を着用しないと「根曲がり竹やぶ」の中はまともに歩けないし、とてつもなく体力を消耗します!

 若い頃の熊有害駆除は射手と勢子に分かれる 巻き狩り猟 でした。 勢子役の時は「根曲がり竹やぶ」の中も大声で叫びながら歩くのですが、“熊は音もなく近づいて来る” と聞いていたので、銃を持っていても背後から襲われるのではと、怖かった思い出があります。
 15年ほど前から最近の熊はコンビニ弁当や🍙 の味を覚えてしまい、人間の後を着いて来るようになったと猟仲間から聞いていました。 今回のことから ついに人間を襲う学習をした熊が現れたようで、またも鹿角市で【十和田高原・熊事件】が起きてしまい残念でなりません!


 今度は世界的にも有名なカルデラ《十和田湖》の直ぐ側で起きたことが計り知れない痛手である。《 十和田・八幡平国立公園 》に囲まれ、自然豊かなリゾートが売りの鹿角市にとってダメージはあまりにも大き過ぎる。 2012年4月は八幡平で、2016年5月は十和田で…しかも連続で4名の犠牲者とは屈辱的であり、猟友会を離脱した私は歯がゆくてとても悔しい思いだ! 敵は【殺人熊】であり犯罪ではない!警察の対戦相手でないことは初めから分かっているはずである。 何故?猟友会は声を上げない?行政は3週間も動かない? 誰も教えてくれない、指図してくれないからですか?
 あの全国一優秀な「猟友会の事務局」はどうしたんでしょうか? 4年前の【ヒグマ事件】に駆け付け、2頭の退路で射手に立った私には信じられないことばかり… これが、現在は傍観者の私の意見・証言です。
 
 人間を一度襲った熊は、人間が余りに弱いことを学習したので必ずまた襲います。そこが熊のテリトリーであり、今の時期は熊一族がそこだけで 優先的に生き残れる食べ物権利 があるからです。 奥山の原生林と根曲がり竹が伐採され、杉山だらけになった現在では、熊が生き残れるエリアが限定されてしまったので…人間生活圏での遭遇が増えているのは明白です。 最大の要因は、やはり人間のエゴによる【杉植林】の自然破壊が、熊の生存圏破壊につながったものと考えます。

 また、一頭だけが襲っていると想定するのは人間の思い込みかも知れず、コンビニ弁当の味を覚えたように数頭の熊が寄り集まり学習していることも考えられます。 もし、雌熊が襲っていた場合はその子熊も学習している可能性がありますし、凶暴な雄熊が無差別に仕返ししてくることも頭に置いてください。【三毛別羆事件】のようになるのか、まだ油断は禁物です。 あと2週間の期間だけでも〔テリトリー〕への入山を抑制し、まずは鎮静化させることが寛容と思います。

 けじめをつける為には…鹿角市のメンツにかけ総力をあげて、逆に熊一家を【田代平・熊取平】に封じ込め、巻き狩りでの一斉駆除を実施することを提言します。 実施の際は私も志願したいので「委嘱」をお願い致します。 
 竹藪でのライフル銃水平撃ちは非常に危険ですのでライフル銃に拘らず、散弾銃によるスラッグ弾が跳弾も少なく近距離の安全視認に向いていると考えます。


 県道128号線沿い近辺に集中して出没しているわけですから、行政はもっと早い時点で 駆除の対応 を取るべきです。 夜間の畑へトウモロコシやを食べに来る熊に対する罠(檻)対策と、真っ昼間の根曲がり竹藪で次々に人を襲う殺人熊 に対しても罠(檻)設置の同じ対応では?あまりに手抜きお粗末くん。 を食べに来る熊と、山中で人間を襲う熊を一緒くたに考えてはいけません! それは最悪策です。 緊急を要する殺人熊 】に対しては、銃で戦うしか方法はないのです。 そのための自民党案の《 鳥獣被害対策実施隊 》 行政主導方式なのですよ。 兵隊ではないが、殺人熊 に対しては 特別法  による【駆除隊員】として戦うのが 任務・使命です。 お隣の「小坂町」なら、5月21日の初期段階で「非常勤公務員」の《 実施隊員 》が出動し、早期に解決していたことでしょう!  観光資源と、果樹・畜産・農林業が一番大事な鹿角市としては…《 熊対策の理念 》をもう一度見直すべきとの教訓を与えてくれた事件である … と、私は思うのです。


     

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