逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

ひいふうみい6

 ここで、この場所で私たちは運命のように出会い、そして心の中の欠けていたものを見つけたのだ。


 それは紛れもなく私たちが欲していたものであり、一生手に入らないものと半ば諦めていたものでもあった。


「ボスに――お父さんにそう言おうね。ふたちゃんもきっと同じこと言うと思う。三人でそう言おうね。どっこにも行かない! ここにずっといるからねって。ダメだって言ってもいるからねってね」


 そう言って私たちは微笑みあった。


 店の方からカラン、とドアベルの音がして


「ただいまー! お腹すきましたー!」


 とふたばの陽気な声が響く。しまった、まだ夕食の準備に取り掛かってもいない。顔を見合わせた私たちは


「しかたない、今日はパスタとサラダだ」


 と頷き合い、厨房へ向かった。

 

 

***

 

 

「おおう、今日はスパゲッチィかの」


 質素な食事なのだが、嬉しそうにボスが目を細めながら食卓の上を眺めた。


「わしゃぁこのケチャップまみれのなんちゅうかかんちゅうか――ナポリタンちゅうんか、これが好きでなぁ」


 ボスはそう言うや否やずるずると音を立てて啜った。相変わらず年を感じさせぬ健啖ぶりである。


「お? 先生めずらしい。食わんのか?」


 ボスが手を止めて最所を見た。その声につられて私たちも同じように最所を見た。いつもであれば人一倍のスピードで、誰よりも早く――おかわり!――と叫ぶ最所が、フォークにパスタを巻きつけたままぼーっと考え事をしている。ふたばの、今日再上映していたというハリー・ポッターのスネイプ先生の話で、ひとしきり盛り上がった後だった。


「どうした? 腹でも痛いのかえ?」


「いえ、大丈夫です。でも、ちょっと用事を思い出しました。大変申し訳無いのですが、今日はこれで失礼致します」


 最所がそう言って悄然と立ち上がる。


「お大事に!」


 とりあえず口々に声を掛ける。どちらかというとノリと食欲だけはやたらある最所が元気が無いといえば、食あたりくらいしか考えられず、


「大丈夫ですか? あまりひどいときは連絡してくださいね」


 と送り出した私たちであった。その様子に京念もそそくさと食べ終えると――私も今日はこれで――と帰っていく。


 いつもは「本日これで店じまいです!」とほぼ強引に追い出す私たちなので、今日の二人の行動に首を傾げた。


「一体、どうしたんでしょうねぇ」


 デザートにふたばのお土産を食べながら呟くと


「まあ、放っておけばいいわい」


 そう言って笑いながら二つ目のシュークリームに伸ばしかけたボスの手を、ひなこが
「駄目です。カロリーオーバーです」
 と払っていた。


 そしてその後、私たちは――断固として嫁には行かない。ずっとこのままが希望である――とボスに伝え、ボスは思わず泣き笑いしたのだった。

 

 

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