ひいふうみい10
「私は! 私はこう見えて剣道二段です!」
最所が顔を真っ赤にして叫んだ。
「ほう、そうじゃったかい」
ボスはそう言いながら件の釣書をガサゴソと引っ張り出した。
「あ、惜しいの。ラグビー男は空手三段じゃ」
「私は、私はこう見えて一応弁護士です!」
「ふん、それがどうした? むこうは腕のいい外科医じゃぞ」
「憚りながら私の家は代々続く造り酒屋です」
「ふたばは下戸じゃ。知らんのか。むこうは大地主じゃ。松茸の山もあるそうじゃ。ふたばは松茸ご飯が大好物じゃぞ」
「そんなこと知ってますよ! ふたばさんは和食が好きなんですから! 作るのもお上手なんですから! カシスソーダで酔っ払うんですから! だけど頑固で可愛い人なんですから! 私よく知ってますから!」
「ええい! お前みたいな新参者にふたばの良さがわかってたまるか! お前なんかにゃもったいないわ!」
「出会ったのは同じ日です! あんたに新参者呼ばわりする権利はない!」
この馬鹿馬鹿しい会話は文字にすれば一見平和そうなのだが、この男たちは声を限りに怒鳴り合っているのだ。いや、もともと地声が大きいボスの方は普段よりちょっと頑張っている程度なのだが、最所の方は明らかにかなり息が上がっている。
ひなこが私をつついた。目で「まだ続けさせますか?」と訴えてきた。私も目で「そろそろやめさせる?」と応じる。
しかし私たちが頷きあい、やめさせるために口を開けようとしたとき
「ええーい! やめんかい!! ご近所迷惑じゃ!!」
とふたばが通り中に響いたのではないかと思われる声で怒鳴った。
そしてドアを叩きつけるように閉め、奮然と外へ飛び出していく。
「ちょ、ちょっと待ってふたちゃん!!」
その背中をひなこが慌てて追いかける。
「ここにいなさい! じっとしてろ! ここから動くな! ったく、しょうがない!」
私は二人の男に命じ、急いで毛布を持ってその後を追う。行き先はわかっている。稲荷神社の境内だ。考え事をしたいとき、なんだか心がモヤモヤするときはいつもここに来るのだと以前から聞いていた。大きなケヤキのご神木の下で葉っぱ越しに青い空や星を見ていると落ち着くのだと笑っていた。
幼い日々を過ごした児童養護施設の庭にも大きな樹があって――嫌なことや悲しいことがあったらいっつもその下に座って空を見上げていたんですよ、とさり気なく話したふたばの背中をそっと撫でながら、買い物帰りに三人でアイスキャンディを食べたのだ。
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