明智光秀 | 戦国好きのアドリブ雑記帳

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戦国ネタ(話)が多いですが、基本は感じたこと雑記した内容です・・はい。

2020年の大河ドラマは、長谷川博己が演じる明智光秀に決まり、タイトルは

 

『麒麟(きりん)がくる』

 

ですが、NHKの発表では・・・

王が仁のある政治を行う時に必ず現れるという聖なる獣、麒麟。
応仁の乱後の荒廃した世を立て直し、民を飢えや戦乱の苦しみから解放してくれるのは、誰なのか・・・
そして、麒麟はいつ、来るのか?

若き明智光秀、織田信長、斎藤道三、今川義元、そして秀吉が、家康が、所狭しと駆け巡る… 「麒麟がくる」―新たな時代の大河ドラマの始まりです。

 

との事です

 

 

 

 

ですが、 という書き出しで、このNHKのタイトルと内容に対する説明を記載したのは、私が認識する明智光秀という人物像が、この説明による麒麟が現れるというイメージとは重ならなかったからです。

 

では、私が認識している明智光秀とはどんな人物像かというと、一言で言うのなら 『謎だらけ』 という、つかみどころの無い武将なのです。

 

そんな明智光秀が主人公であるのなら、戦国後期の有名武将達による群像劇として描かれるだろう内容には、納得してしまう面もありますが、王の仁に対して現れる麒麟ねぇ・・

 

まあ大河ドラマですから、タイトルと説明にある 『麒麟』 をイメージした光秀を中心にした群像劇もまた、面白そうではありますが。

 

 

 

明智光秀と言えば 『本能寺の変』 という、織田信長を討った武将のイメージがまず頭に浮かぶ人物です。

 

そして、そんな歴史の大転換期となる事件を起こした人物の、何処が謎だらけ?

 

と感じる方も多いのではないでしょうか。

しかし、これだけの大事変を起こした人物だからこそ、歴史に名を残したのは事実なのですが、その為に織田家にて頭角を現す (信長に仕える様になる) までの光秀の前半生は、ほぼ謎だらけなのに憶測や逸話で構成されているのです。 (ソフトバンクのCM並みに、ほぼ、な人物像です。 笑)

 

さらに、その出自から経歴だけで無く、何よりもこの本能寺の変を何故起こしたか?

 

という理由までもが実は

 

『ほぼ、遺恨説』

『ほぼ、朝廷陰謀説』

『ほぼ、その後に得をして笑った、秀吉の陰謀説』

『ほぼ、天下を目指した野心説』

『ほぼ、家康の陰謀説および、信長による家康暗殺大作戦への裏切り説』

 

もうこれだけの説が語られる程の、ほぼ謎だらけなのです。

(もう、ほぼネタは疲れたので辞めます~ 笑)

 

とにかく謎が多くて、その謎に対して、歴史は勝者が造るの通りで、かなりのねつ造された人物像が語られて来たであろう中で (豊臣政権時、その後の徳川幕府による江戸時代) 、その後の近代になると歴史研究家達が実像をつかもうと、様々な憶測にて(些細な資料からの推測)さらなる人物像が作り上げられている、実態がつかみきれない武将なのです。

大まかに現在伝えられる、明智光秀の前半生とされる話は以下の通りです。

◎出自は 『蝮の道三』 と呼ばれた美濃の斎藤道三に仕えた、土岐氏の支流だといわれる明智一族だったらしい。

(江戸時代以降の家系図から、その存在は解っていても、実父の名前も定かでは無いというのが実情の様です)

 

 

◎道三が息子の義龍に討たれて亡くなると、その後はしばらく諸国を放浪した浪人として過ごしたらしい。

(浪人中の消息は、全く不明)

 

◎ある時期から、越前の朝倉義景に仕えていたらしい。

(その際の朝倉家内での光秀の扱いも諸説あるが低い身分であった様子が伝えられる物ばかりで、ハッキリした事は解らず。 更に近年ではこの朝倉家に仕えた事実も、なかった可能性があるという説が出て来ている)

 

◎永禄八年に時の将軍、足利義輝 (剣豪将軍なんて呼ばれて、足利幕府の復権に前向きだった十三代将軍) が、三好三人衆と松永久秀により暗殺されると、その弟で当時の武家の習わしから、仏門に帰依していた弟の覚慶(かくけい)と名乗っていた義昭が、朝倉家を頼り現れると上洛を求めるが朝倉家は動かなかった。

 

その際に、どうやら義昭と光秀は縁を持った様で、ならばと光秀が尾張で当時に力を付けていた織田信長を頼る様に進めて仲介をして信長の力で義昭は上洛して入京して将軍職に就いたらしい。

 

この義昭の後押しをして信長が入京した

した事は事実ですが、この辺りに関する義昭と信長の仲介という光秀の役割もハッキリした事は解っていません。

 

というのも一般的には、光秀が美濃の斎藤道三の娘で、信長の妻であった帰蝶が、明智の出だった(光秀とは従妹関係だったらしい)縁から、義昭と信長の仲介を行ったと言われています。

 

ですが実のところ、この義昭を信長と繋いだのは、まだ信長が美濃を治める戦を斎藤家していた時期に既に、細川藤孝が使者となり信長との合意をしていしていた事実があるのです。

 

しかし、信長は斎藤家との戦に注力を注いでいた為に、直ぐには義昭を奉り上洛する事は出来ていませんでした。

 

その後にも細川藤孝が、やはり引き続き使者となって信長に要請をした事で美濃を抑えた信長は、本格的に義昭の上洛に向けて動く事になるのですが、その際になり、やっと光秀の名前が歴史上に正式に出て来るのです。

 

ここまでが、光秀の前半生として語られる部分になります。

 

この後に信長に仕える事になってからは、織田信長の天下取りによる動きと合わせて詳細も確かな物になりますが、前半生の部分は不確かな逸話が多くて、実際にはかなり後付けで語られる逸話からなる物ばかりなのです。

 

ですから謎の(得体の知れない)浪人光秀は、信長により歴史の表舞台に引き上げられた人物なのですが、そんな光秀が本能寺の変という大恩ある信長を突然に討つ行為に走った訳です。

 

因みに信長は、浪人の明智光秀。 忍者の出?の石川一益。 農民の出の羽柴秀吉。

 

という様に、実力があれば家臣として取り立てて、重要な仕事をさせて出世させています。

 

この辺りも、明智光秀という人物像を作り上げる要素として考えると・・

 

秀吉との対比から、最後は謀反を起こした光秀と、天下を治めた秀吉という結果から作り上げられたバイアスがかかるイメージを除くと

 

出自の不確かな小物から信長に引き上げられたにも関わらず、ずるがしこい人物。

 

名も無き者から自身の能力と努力を買われて、大出世した好人物。

 

という様に、真逆なイメージを併せ持つ両者は似た人物像なのかも知れません。

 

再来年の大河ドラマ 『麒麟がくる』 では、後者の好人物として光秀を描き、戦国時代の終焉を描く群像劇になりそうですが、最後の本能寺の変という大事変の描き方で、お約束のお話になるか?

 

意外な展開のミステリーの様な展開になるか?

 

海外ドラマ好きな私は、歴史の事実を踏まえた上で、最後の本能寺の変は、青春群像劇で描かれて来たそれまでをひっくり返す様な、意外な展開という後者になったら面白いのだけれどな~!

 

何て感じています。

 

謎の多い人物というのは、結果と見方一つで両極端な人物像がイメージ出来てしまう分だけ、明智光秀がドラマとしてどう描かれるか楽しみです。

 

 

 

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