《 和也 》
………。
…あれ?
僕、いったい…?
?? …アタマ、なんか、温かいけど…
「…大ちゃん、だめだよ。人の車ン中で」
「ナンもしてないよ。ちょっとだけ、チュッて…」
…チュ…?
あ…
戻ってきた意識の中、聞こえてくる声。
「可愛いなぁ。チュウだけでトんじゃったんだ」
「ふふ、どうしよう。あんなことやこんなことシたいのに♪」
「大ちゃん、しつこそうだもんなー。和くん、大丈夫かな」
「へーきだよー。優しくスるもん」
「どうだかなー」
(……なんだ、このスケベおやじ感満載の会話)
頬が一気に火照る。
(それに、今の状況って…)
後頭部が温かくて寝心地が良いのは、信じられない事だがどうやら智の腿を枕にして寝かされているらしい。
その上、ずっとサワサワ髪に触れられている。
とてもじゃないが、目を開けて確かめる勇気などない。
和也は狸寝入りを決め込んだ。
だが、それを密着している智に悟られずに済むワケがない。
「…かず、気付いた?」
肩に手を置かれそっと揺すられる。
「……は、ぃ…」
「なら、目、開けてよ」
「…むっ、むりです」
「開けないと、またチュウするよ?」
「ダッ、ダメです…」
焦って必死に瞼を持ち上げる。
ひっ…
当然のことだが真上に智の顔があり、至近距離で見つめられている。
思わず両手で顔を覆ったが、すぐに手首を掴まれて剥がされた。
「顔、見せてってば」
瞼をプルプル震わせながらも、和也はなんとか目をこじ開けた。
「可愛いな…」
智が嬉しそうに呟くが、そっちの方がよっぽどキレイな目をしていると、和也は思った。
見つめているだけで、藍色の深い湖のようなその瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
ゴクリと息を呑んで少しだけ視線をずらせば、プルンとしたツヤツヤな唇。
(キス…、したんだよね?)
感触を味わう間もなく終わってしまったことが、惜しくなるほどの。
視線を外せない和也に、
「もっと、シたい?」
と、喜色満面な智。
「…お、男に向かって、そんなこと。揶揄わないでください」
物欲しげな顔をしているのかもしれないと、必死に冷静さを取り繕う。
「んなことないよ。言ったじゃん。おれ、かずのこと好きって」
(たった一度しか逢ってないのに?)
「ウソ…」
「かずもさ」
嘘ばっかり、否定しようした言葉を被せ気味に遮られる。
「おれのこと、好きでしょ?」
直球の言葉に目が泳ぐ。
「それは…」
「じゃなきゃ、キスしただけで、こんななんないよね?」
智の右手が和也の膝の辺りに伸びる。
そこからススッと上に向かって滑った指が、微かに 兆 し ている和也の 中 心 にサラリと触れた。
「っあ…」
デニム越しのほんのわずかな刺激に、背中がビクンと震える。
「んふ、感 じやすいんだ」
「そっ、そんなんじゃ…」
「やっぱ、おれのこと好きなんじゃん」
悪 戯 な指先は上に戻ってきて、火 照 った耳朶を軽く 揉 み込む。
「耳、真っ赤…」
「くっ………」
顔が降りてくる…。
アツイネ…
寄せられた唇から甘い吐 息 が溢れて耳を擽り、あろうことか 舌 先 が入 口 の 敏 感 な 尖 り をペロリと 濡 ら す。
(あ…、も、ダメかもしれない…)
目を閉じて再び意識を手放しかけた時、
「大ちゃん、着いたけどどうする?降りる?それとも、このままここで、なの?」
運転席からのんきな声が聞えた。
「うぅ、タマンナイ、超イイ。おれ、部屋までモタナイかもしんない」
智が半分本気の口調で返す。
「あはは、それは、色々と困るな。とっとと降りてくんない?」
面白がってる澤木の声。
「…解ってるよ。かず、起きれる?」
「…だい、じょぶです」
和也は智の手に支えられて、なんとか体を起こした。
ウィンドーから外を見れば、車はマンションらしい建物のエントランスに停まっている。
「ここ、おれんち。降りるよ」
「…はぃ」
まだ少しフラつく和也の腰に、先に降りた智の腕が回され、ゆっくりと座席から降ろされる。
「龍ちゃん、ありがと。また飲みに行こうね」
和也を左手に抱えたまま右手を上げる智に、運転席から顔を出した澤木はヒラヒラと手を振り返して、
「今度は一緒にねー」
と、和也に向かってにっこりと笑いかける。
「見んなー!」
智が和也を背中に隠して、人間国宝候補のすけべなおっさんは、満面の笑みで軽自動車を発進させると車道を左に曲がり、暗くなりかけた街にゆっくりと溶けていった。
「行こ」
ぼんやりとテールランプを見送っていた和也だったが、促されてハッと我に返る。
(…僕、このまま、大野さんの部屋に?)
意外と力強い腕に和也を捉えたまま、歩き出す智。
「大野さん、ちょっと待って…」
「なに?」
「僕、まだ大野さんのこと、何も知らない…」
「おれも知らないよ。かずの名前しか知らない」
そんな、噛み合っているようで全く方向性の違う言葉を交わしつつ、すでにエレベーターに乗り込んでしまっている。
「でもね、解るんだ。おれ、昔からそうなの。好きなモノは好き。最初っから好き。出逢った途端に感じるんだ」
「一度しか逢ってないのに?」
「ううん、2回、いや、正確には3回逢ってる。そのたびに好きになった」
「え? 3回?」
(いつ?)
などと考えているうちに、エレベーターは目的の階に着いたらしい。軽い電子音がしてドアが開いた。
「でっ、でも、僕、オトコですよ?いいんですか?」
最後で最大の抵抗を試みる。
「男とか女とか、どうでもいいじゃん。おれは、かずが好きなの」
「………」
返す言葉が見つからなかった。
どうやらこの大野智という男は、常人とは全く違う思考回路をしているらしい。
昔からずっと和也に付き纏って、どれだけ悩んだか解らないほどのコトを『どうでもいい』と言い放つ。
智は一つのドアの前で立ち止まると、滑らかな動きでドアを開錠した。
背後から和也を絡め取ったまま中に縺れ込み、ドアの閉まる音と同時に抱き締めてキイの回る音と同時に唇が重ねられる。
(あ、あ、ああ……)
一連の流れがダンスのようにしなやかで、抗う間もない。
それでもまだ少しだけ残っている理性が、このまま先に進んでもいいのかと和也の前頭葉の辺りを内側から引っ掻く。
「かず、かず…」
もどかし気に背中を這い回る智の両手が、和也の尻に降りてきて両の肉をギュッと掴んだ。
「っああっ!!」
思わず漏れたあられもない自分の喘ぎ声が耳に飛び込んで、逆に和也は少しだけ冷静になれた。
「大野さん、まじで、…待って」
「智でしょ?」
首筋をキツク吸われて、それだけで全身を衝撃的な快感が突き抜ける。
膝がカクンと折れてしまう。
「…さっ、智さん、お願いだから、少しだけ、待って」
「さん、とかいらない」
「…さとし、お願い、少しだけ…」
両腕を絡められたまま、膝を付いた低い位置から上を見上げる。
一瞬、智の動きが止まる。
「ね、さとし…、もっと…」
話をしよう、と続けたかったのに、素早くしゃがみ込んだ智に再び唇を塞がれる。
今度は、深くて甘くて舌を絡ませ合う濃厚な熱いキス。
(違う、もっと…、って、強請ったんじゃない。もっと、話をしたいって…… ぁあ、あぁ…)
なのに、ようやく唇が離れた時には、ほんの1ミリほど残っていた和也の理性は全てどこかにトんでしまっていた。
「もっとシよ、すぐシよ。名前呼びだけでおれ相当キてる。初めてだ。こんなの」
「…だから…、待っ……」
背中に回された両腕に縋りつき、物欲しげな蕩けた顔を見せながら、それでも性懲りもなく待てと言う。
その、まるで説得力の無い拒否など智に通ずるはずもなく、和也のカラダはズルズルと寝室らしき部屋のドアへと引き摺られて行った。
続く。