アトリエでさ、舞子さん、かずがまだフリーだって教えてくれたじゃん。
再会出来て、おれの絵、好きって言ってくれて、おれの勘違いだったのか松本のパートナーってのもどうやら違ったみたいで。
もぉ、おれ、超絶絶好調超って感じ?
その上、仕事がひと段落したら、連絡取ってくれるってゆうし。
そりゃ、もちろん、すぐにでも逢いたかったけど、そこはね、かずががっかりするようなの描きたくないじゃん。
え? 撒き餌?
うふ、そっか、おれ、メチャクチャ喰いついちゃった。
毎日必死こいて筆進めて、でも充実感も一杯で過ごしてたある日、龍ちゃんから誘われて、久々、飲もってことになった。
おれもかずのこと話したかったし、色々聞きたいこともあったからもちろん即OK。
おれ、画材屋にいたんだけど、龍ちゃん、まだ小一時間かかるっていうから、腹減ってたし先に軽くメシでも食おうかなって行きつけの…、といっても、翔に連れてってもらって何度か行ったことあるだけなんだけどね。
そのバーが近くにあったの思い出した。
そこ、メシも美味いんだ。ちょっと高いけど、たまにはいいかって。
こっからすごい展開。
聞くでしょ?
カットとかだめ、聞いて。
舞子さんも出てくんだから。
ドラマチックだぜぇ?
「うわ…!」
店着いてドア開けた途端、かずの顔が目に飛び込んできた。
…息が止まるかと思った。
やっぱ運命だって。
でも、よく見たら連れがいて、カウンターで向かい合ってんだ。
照明暗いから、色白のかずの顔だけがふわんと浮かんで見えたみたい。
どうしよーって、ノブ掴んだままのおれンとこに、マスターがススッて寄って来て、
「いらっしゃいませ、大野様。 櫻井様がお見えですが…」
「え、マジ?」
言われて、マスターの肩越し、見覚えのあるなで肩が見えて、ああ、翔だってわかった。
でも、マスターがデカイ体でおれを隠すようにして、(お邪魔かもしれませんよ)みたいな目線を寄こすの。
え? それって、どういうこと?
って考えてる内に、カウンターの二人がひしと抱き合ったんだ。
えええええーーーー!!! ってなるよね。
硬直しちゃって動けないおれの目線の先、
かずの白い顔が翔の頭と重なって… 見えなくなって…
後ろで、「またのお越しを…」って声が、微かに聞えた。
どうやって帰ったのか覚えてない。
行先言ったのも覚えてないけど、そっから近かったのが『Sakura』だったんだろうね。
タクシー降ろされて、スタッフ専用の入り口ドンドン叩いたら、ドアが開いた。
「…どうなさったんですか? こんな時間に」
舞子さん、ビックリしてたけど、よろけたおれをソファーまで支えてくれたよね。
「体調でも崩されましたか?」
なんて、熱計ったり甲斐甲斐しくお世話してくれてさ。
なんか昔、面倒見てもらったこと思い出した。
そう、中学ン時?
おれも『舞ねぇ』って呼んでた頃。
翔と買い物行った帰り道、橋の上でこけて捻挫しちゃってさ、舞ねぇに車で迎えに来てもらった上、翔んちでシップ貼ってもらって父ちゃんの迎え待ってたよね。
おれ、足首の痛みよりも、その日買ったばかりの水彩のセット、川ン中に落っことしちゃった方がショックで、父ちゃんに怒鳴られるだろうなってメッチャ落ち込んでた。
そしたら、舞ねぇに「大丈夫、アタシがお父さんに言ったげるから!」って、肩をバンって叩かれたんだ。
んで、やってきた父ちゃんとおれの間に仁王立ちになって、コトの顛末を語り出した。
歩道で並んで歩いてた翔が躓いて車道に倒れそうになって、咄嗟におれが腕引っ張ってその勢いで二人して団子ンなって転がって、足捻挫しちゃったこと。
放り投げた絵の具セットはパーになったけど、でも、おかげで翔が事故らずに済んだってことも。
あんときの舞ねぇ、カッコよかった。
まるでヒーロー、え?ヒロイン?
いや、やっぱ、ヒーローだよ。
知ってんぞ。昔、ウルトマランってあだ名だったこと。
んふふ、ピッタリ。
そんな思い出とか、翔とか、かずとか、抱き合ってた二人とか、マスターのワケ有り気な声とか、もう頭ン中グッチャグチャになって、マジで体調悪くなった。
多分、グズグズ涙混じりに二人が付き合ってるってこと、ゆったんだろうな。
昔みたいに甘えて。
「それは、本当ですか?」
「…抱き合って、キスしてた…」
情けない声出して、おれはソファーに倒れ込んだ。
さすがに、翔の恋人とどうとか、出来ないでしょ。
そのあとはよく覚えてない。
気付いたら実家のベッドん中で朝になってた。
情けないったらないよ。
いい歳して親に迷惑かけて、何やってんだか。
おれ、猛反省して、頑張ってカラ元気引っ張り出して、昼頃実家を出た。
「また、来っからー」
なんて、爽やかにゆって。
取り敢えず、自分ちに向かったけど、ぼーっとしてさ、今度はおれが事故っちゃいそうだった。
トボトボ歩いてたら、不意に後ろからクラクションの音がして、
「おーちゃん、おーちゃん!」
名前呼ばれて、ぼんやり振り返ったら、龍ちゃんだった。
「どこ行くの?」
「んー、樹海…かな…」
「何しに?」
「気分転換…」
ウインドー越し、そんな会話して、あ、そういえば、昨夜約束してたっけって思い出した。
「乗んなよ、もっといいとこ連れてってあげるよ」
「…どこ?」
「目が覚めそうなトコ」
「う…ん、さんきゅ」
舞子さんが話してくれてたんでしょ?
龍ちゃん、何にも聞かないで車走らせてさ。
そう、あのぼろっちい軽自動車。
腐るほどの金があんなら、もっとでかいの買えばいいのにね。
おれ、免許無いし年式とか詳しくないけど、せめて、後ろの窓もオートにして欲しいよね。
でしょ?
逆に、今どき無いよね?
うん、そうかも。
ビンテージ、狙ってんのかも。
信号で停まった時、ティッシュの箱渡された。
え? なに? ってなって、そこで気付いた。
おれ泣いてた。
はらはら涙が頬を伝っててさ、大人になってから泣くのって初めてだったんじゃない?
すっかり情緒不安定。
ふふ、
想像してみて?
小っちゃい軽自動車にオトコ二人。
助手席で若い方が涙流してて、ちょっと齢いったおっさんは神妙な顔してハンドル握ってて、チラチラ複雑な顔して隣見てるって図、おかしくない?
すっかり「ワケありの二人」だよ。
おれ、なんかおかしくなっちゃって吹き出した。
んで、止まんなくなっちゃって、泣きながらヒーヒー笑って…。
龍ちゃん、不気味だっただろうな。
少し走って、着いたとこはどっかのギャラリー。
うん、『Sakura』よりもずっとでっかいハコ。
2日後から始まる龍ちゃんの個展会場。
約束してたんだ。
見に行くって。
車降りて、ガラスの分厚いドア開けて入った会場は、もちろんまだ誰もいなくて。
そこに広がってたのは、『澤木龍公』の世界。
龍ちゃんて、枠に囚われなくて何でも創るんだよね。
絵はもちろん、オブジェや彫刻、陶器もある。
うん、大好き。
おれの憧れ。
色んな作品が展示してある広い空間を、二人で歩いた。
龍ちゃん、解説するでもなく、「わー」とか「おー」とか「へぇー」とかそんなん言いながら歩いてるおれの後ろをただ黙って付いてくんの。
振り向けばにっこり笑ってくれて。
うん、それだけ。
その空間がすごく居心地よくってさ。
そこ出る頃には、少し生き返った。
かずがいないんなら、おれにはこの道しか無いなって、思えた。
頑張ろうかなって。
そのまま龍ちゃんちに行って、昔みたいにアシスタント的なことやらしてもらいながら、ちょっとずつ蘇生してった。
かずのことは、考えるだけで胸がチクチク痛んだ。
きっと、千切れた琴線が内側で暴れてんだろうなって。
大好きな翔と大好きなかずが一緒に居たいんだったら、それでいいじゃん…
ずっと自分に言い聞かせてた。
おれにはこの道があるだろって。
ちょっとした旅に付いてったり、飲みにいったり、色々合作したりで3週間くらい経った頃、すっかり放置してた携帯を手に取った。
電源入れたら、かなりの着信履歴とライン。
ほとんどが舞子さん。
わー、心配かけたんだろうなって、ヒヤヒヤしながら、とりあえず、最新の開いたら、「0038」からの電話を待てと。
ピンときた。
何かあるぞって。
だって、胸の琴線が、またビンビン激しく揺れ出したもん。
ふふ…
続く。