社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

内海庫一郎「標本調査をめぐる諸見解(上)」『国民生活研究』第18巻第4号,1979年3月

2017-01-02 01:06:04 | 3.統計調査論
 筆者が本稿で意図したのは,標本調査をめぐって従来展開されてきた議論の概要を示すことである。この課題には,標本調査法に関する主要文献の所在を示すこと,それらの文献で取り扱われた諸問題とその意義を明らかにすること,そしてそれらの問題に対する解答とその論拠を述べること,諸問題の相互の関連を提示することが含まれる。

 このテーマを取り上げたのは,統計生産の過程で標本調査が多用され,この手法によって生まれてきた統計資料に日常的に接していながら,この手法に無関心でありがちなので,この過程で何が行われているのか,またそうした統計資料を処理する場合の諸原則を確立し,できればこの調査法の改善の道をさぐりたいからである。世間では標本調査法が科学的調査法とみなす考え方がまかりとおっているが果たしてそうなのか,ということである。筆者はむしろ有意抽出調査の方が優れている,という見解をもっていることを,予め表明している。

 構成は次のとおり。「はしがき」「第1章:国際的レベルでの標本調査理論,第1節:キエールの標本調査論-先駆的発言,第2節:ジェンセン及びボウレーにおける標本調査法の確率,第3節:ネイマンの有意抽出批判と層別任意抽出法の推奨,第4節:ブリントによる『配列原理』(有為抽出)の擁護」。

 標本調査法の提唱を公の場で提唱したのは,ノルウェー統計局長のA.N.キエールである。キエールは1905年のISIベルン大会で「代表調査に関する観察と経験」という報告を行い,代表法の利点を表明した。報告は全数調査に代わるものとしての代表法(標本調査法)ということではなく,それを補充する方法としての部分調査の意義を唱えたものである。部分調査における全集団の「縮図」の研究である。キエールは代表法の単位の選出方法については有意抽出法と系統抽出法に依り,任意抽出法に関しては特に論じていない。

 このキエールの報告に対しては,マイヤー,ボルトキエウィッチが反対した。いうまでもなくマイヤーの見解は悉皆調査(全数調査)擁護の観点からであり,ボルトキエウィッチの見解は全体群と部分群との数理的関係の保障(確率論)の観点からであった。キエールはこれらの反対論に関わらず,自らの見解を主張し続け,その努力は1903年ISIベルリン会議の決議に結実した。キエールの歴史的功績は,国際統計協会という舞台で,標本調査法の思想的独立のために闘ったことである(p.3)。     
標本調査法に対する反対の表明はキエール以降も続いた。ジェンセンは代表法=標本調査法に対する批判をはねのけ,代表法の有用性を擁護する議論を展開している。1924年のISI第13回大会では再び標本調査法の問題がとりあげられた。背景には,第一次世界大戦が勃発して以降,統計調査への需要が高まり,代表法によるそれが頻繁に行われるようになったという事実があった。その結果,1925年のISI第14回ローマ大会で,ジェンセンは「統計学における代表法に関する報告」をその附録「実施された代表法」とともに提出した。また,このジェンセン報告に付随してボウレーも「標本抽出によって達成された精度の測定」と題する報告を提出した。両者の報告をベースに,この会議が決議を採択したが,その原文はジェンセンが起草したものである。この決議では,標本調査が全数調査の不可能な場合においてその代用物として利用できること,全数調査に対する補助的な指標獲得のために,さらに労働,時間および費用の節約のために推奨されるべきこと,標本は十分に全体を代表しなければならないこと,有意抽出が無作為(任意)抽出とならんで標本抽出の二形態として認められるべきことが示されている。この時点ではジェンセンもボウレーも任意抽出も有意抽出も並列的に考えていたようである。ただし,ジェンセンにあっては有意抽出に関心が高く,ボウレーにあっては有意抽出を議論する場合にもこれを任意抽出にひきつけて研究しているという違いはある。  

 ジェンセンとボウレーの後に登場するのが,ポーランド出身の数理統計学者J.ネイマンである。ネイマンの所説は階層別ランダム・サンプリングと有意抽出の方法とを比較し,有意抽出を否定し,無作為抽出を評価するというものである。このネイマンの有意抽出否認論以降,サンプリングの方法として有意抽出が不可で,標本調査といえば無作為抽出であるべきという観念が一般化するようになった。筆者は,それはそれとして,しかし,ネイマンが有意抽出法に対置しているのは層別比例抽出法型の無作為抽出法であることを指摘している。すなわち,ネイマンは層別任意抽出法とくに比例抽出法を推奨し,さらに各層の等質性の程度を考慮して単位の割り当てを変えるということを提案している(ネイマンの割当法)。筆者によれば,これは任意抽出法の修正ではなく,任意抽出法への有意抽出原理の導入である。また,ネイマンによる有意抽出に対する批判の要点は,彼が有意抽出法の第一次的前提とする研究標識のコントロール標識の上での回帰の一次性という仮定が現実には一般に充たされず,両者の回帰の型について何ら定まった仮説を設定しえないとき,推定値が不偏推定値であることをやめる,というものである。この批判は任意抽出にひきつけた議論であり,有意抽出にはそもそも仮想的な標本特性値の分布などは存在しないのであるから,批判のポイントがずれている。

筆者は第一章の最後に,ドイツ社会統計学の系譜にいるブリントの所説に言及している。ブリントは「実在的母集団から代表的標本を獲得するための原理と方法」で,英米数理派統計学者の標本調査法問題への確率論的接近と真っ向から対立する見解を表明している。問題は実在的母集団からの代表的標本の抽出であるが,その方法は,ブリントによれば2つあり,一つは配列原理による代表法で,もう一つは確率原理による抽出法である。配列原理による代表法はあらゆる範疇の単位が母集団に対する割合に応じて抽出されることがかなり確実に保証される。これに対し,確率原理による抽出法では,多少とも一面的な極端に例外的な標本の構造をとることがある。ブリントはここから進んで,配列群,集落の抽出,多段抽出のような種々の方法の積極的配列効果とマイナス効果とを考察し,体系的抽出原理を検討するが,要は有意抽出の任意抽出に対する優位の主張になっている。層別,集落化というものの方法的意義を自覚し,任意抽出ないし確率原理とは正反対の原理として取り扱っている。当然,判断原理の終着点に確率原理が想定されることはない。

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