衆院選が公示された。投票日までの12日間は、時間との戦いである。私は遊説隊を経験したことがあるので、候補者を街で見かけるたびに、(あぁ…大変だろうなと)心から思う。遊説隊は、ウグイス嬢とは違い、候補者のそばで演説のフォローをしたり、遊説車の中から手を振り声をあげ、イメージアップとパフォーマンスに尽力するチームのことを指す。つまり、安室奈美恵が候補者なら、スーパーモンキーズが遊説隊である。一挙手一投足に気を配って、候補者の手となり足となり【声となる】覚悟が求められるのだ。

候補者の名前を連呼するような、いわゆる選挙運動は朝の8時から夜の8時まで認められている。12時間もの間、【常に笑顔】を前提として、数分単位で車に乗ったり降りたり、有権者めがけて全力で走ったり、平身低頭で握手したり、車から身を乗り出して手を振り続けると、人はどうなるか。答えはただ一つ、非常に疲れるということだ。体力もさることながら、気力をどう維持して乗り切るかがポイントである。

あの時は冬で、雪が降っていた。忘れもしない9日目の夕暮れだった。その日も全ての窓を全開にして遊説車を走らせていた。頬を切るような爆風をあびながら、身を乗り出して候補者の名前を連呼する。白い手袋は3重にしたが、指の感覚もない。後部座席には3人おり、私は運転席の後方に、そして真ん中にはリーダーの男性が座っていた。

―もう、だめかもしれない―

私はもう瀕死の状態だったが、なんとか声をあげ、手を振っていた。すると、リーダーが私たちを励ました。

「トンネルだ!トンネルが見えるぞ!一回窓を閉めよう!」

何十秒でもいい。窓を閉めて、この刺すような爆風から身を守りたい。凍ってしまう。有権者はトンネルの中にはいないので、唯一窓を閉められる場所だったのだ。「助かった!」と運転担当が声をあげ、全ての窓を閉めるためボタンを押した。ところが、窓が閉まらない。

「何か挟まってません?あ!

大変です!○○さんが気を失ってます!」

―そう、私はあまりの寒さに耐えられず、トンネルを前にして気を失っていた。既に日は落ちていて、車内は暗く、私が失神していることに誰も気づかなかったのだ。リーダーは慌てて私を抱きかかえ、

「寝たら死ぬぞ!おい!しっかりしろ!」

と叫んだ後、

「ダメだ!みんなでさすれ!さすって温めるんだ!」

と臨機応変に指示を出した。

―「寝たら死ぬぞ」と言う人。初めて言われた言葉だが、まさか車内で言われるとは思わなかった。失神していたので、このやりとりは他のメンバーから聞いたものだ。

 

選挙には金もかかるが、人の命もかかっている。解散は意味のあるものであって欲しいと私が願うのは、こういう経験があるからだ。

あの時の手のぬくもりを、私は一生忘れないだろう。