「はじめまして」は桜の木の下で 

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■ 「『はじめまして』は桜の木の下で」 目次

○一つ前→【序章 第二節「彼らは二人で帰りを待つ」

○はじめから読む→【序章 第一節「彼は一人で宿を立つ」

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一章 第一節
「事の始まりは昨日、そして数百年前

 

大冴が社宅を早朝に出る、一日前の夕飯時。

各々が時間内にぽつぽつと訪れるのがいつもの食堂に、珍しく人が集まっていた。
話は大冴の誕生日をどこで祝うか、という話題だった。
事務所内、和也のカフェ、商店街全体等々色々な案が出る中、少し変わった場所が一つ出た。

「吉野さんのところは?」

吉野、というのはこの街で一番大きな桜の木の近くに棲む桜の精である。
彼はそこで神様の暇つぶしと称して人生相談を承っている。
見晴らしも良く、穏やかな風が流れる山の上は殆ど人が入らず、心地のいい場所となっている。
4月にお花見をしている千プロの面々は、その場所が過ごしやすい事を知っていた。

「吉野さんのところか…」

主役となるはずの大冴がぽつりとつぶやく。
一瞬伏せられた瞳に気付いた琉聖は、少しだけ声を潜めた。

「……何か困る事があるのか?」
「ううん、ないよ」

いつも通りの柔らかな笑顔に、ならいい、とだけ返した。
目の前で話を聞いていた玄翠が話を変える。

「アレ?そういえば大冴先輩。
 お花見お休みじゃありませんでした?」
「あの時は竜神堂さんのお手伝いが入ったからね」

とても都合よく、という言葉を大冴は飲み込む。

「……ん?てか、いつも居なくないスか先輩」
「たまたま都合が悪いだけだよ」
「そんな事もあんだろ」

三人が会話をしているうちにも話は進んでいた。
事務所では息が詰まるし、カフェでは少々狭い、商店街が絡むとお祭りになってしまう…。
やはり人払いも出来全力で騒げる吉野の所が良い、という話になっていた。
というより、良く聞いてみると無理言って桜の花を咲かせてもらう話まで出ていた。

桜の精さえこき使う鬼の集団の誕生日を餌にした宴会。
その打ち合わせは中々の盛り上がりを見せていた。

楽しい事を止めるのを好まない大冴は、当日をどう切り抜けるかを考えていた。









寝つきのいい同室の琉聖の寝息が聞こえ始めた頃。
少し早めに日課の勉強を済ませた大冴は、机の上を片付け、思考の海へと飛び込んだ。


出来る事なら吉野の居る山には行きたくない。
それが大冴の本音だった。

大冴個人が吉野に恨みがあるわけではなく、吉野もまた大冴には何の関わりもなかった。

 

 

事の始まりは数百年前に遡る。

 


大冴の家――「剣風」の苗字を持つ一族。
それは遠い昔、この地を守っていた神様の消滅を招いた男の家系だ。
この地の神は、吉野にとってたった一人の対等な関係の親友でもあった。


故に例え、とても人に優しく温厚な桜の精の吉野でも。
吉野と大和
―――“剣風の人間だけは大嫌い”なのである。



この話は一族の中でも知ってる人も少ない。
そもそも「この地」は剣風が元より住んでる場所でもない。

吉野という桜の精に手さえ出さなければ気にする必要もない事ではある。


 

「因果応報…?いや、でも俺は何もしてないんだけどな…」


指先で遊ぶように出した小さな炎は、相殺で蒸発する程度の水で消された。
水の飛んできた方向へ顔を向ける。
説明に困る不思議生物のすいくんが、ぽこぽこと湯気を立てていた。


 

「……ごめんね、怒ってる?」

 

返事の代わりに頬を膨らませてそっぽを向いた。
少し大きめの雨粒程度の水がぺちぺちと飛んで来て大冴の肌を濡らす。

 

もっと怒らせるとバケツを頭の上で引っくり返す時程の量なので、良い方なのだが。


「なんとなく君の正体の見当はついてるんだけど。
 ……本当はどうなの?」


返事はなく、ただ、ぐぅ、という音が聞こえた。
力を使ったからなのか、それともはぐらかされたのか。
どちらにせよ起こしても不機嫌にするだけなので、大冴は寝かしておくことにした。

もう一度静かに思考をまとめていく。
千プロと吉野の関係はとても良好であり、そして。


「関係が深い以上いつまでもごまかせる訳じゃない…」


毎度毎度、都合よく手伝いや予定が来るはずもない。
他の面々の前で問題を起こすぐらいなら、事前に済ます他ないだろう。


となれば、事を運ぶなら早い方が良い。


……剣風の風は穏やかな風じゃない。
全てを燃やし尽くす炎を、ただ大きくするための風。
その能力を名前で誤って認識させるための風。


――――その力があれば、“桜の精”であればねじ伏せられる。

理解したくもする気もなかった力。

ただ、使い方を知っている炎は彼にとって有用な手段の一つだった。



「……行くしかないかあ」


窓の外、吉野が守る大きな桜の木のある方を見上げた。
そして、出来る事はしないと、と呟いて大冴は財布の中身を確認する。

「後は野となれ山となれ、か」

いつの間にか強張っていた身体を軽くほぐし、ベットに身を投げだした。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後。
彼は自分にそっくりなちいさな生物にメモを託して出かけたのだった。

 

 

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