赤ちゃんと遊んで考える | 中学理科教師のつぶやき

中学理科教師のつぶやき

中学校理科教師として25年。ひとつの意見として、ここに私の日々考えたことを記録していきます。同業の方、現役生徒、現役親御さんとのネットでの交流もできるといいですね。


暑いね。へばるぅ。
でも、昼寝で回復。
自営は強いな。身体に良い。
復活したら庭の片付け。

ああ、最近の主要業務が
庭の草取りになっているな。(^-^;)

さて

先日、知り合いの若夫婦が
赤ちゃんを連れて寄り合いに
顔を出しましたのん。

私は子供が好きなのよ。

職業柄でしょうか?
何しろ反応が面白い。
無垢と言いましょうか
ピュアな反応が特に。

赤ちゃんの笑いは
反射でもあるけど
反応による笑いもまざっている。

その辺を見極めるのも面白い。

先日の赤ちゃんは
もうすぐ1歳と言いますから
反応による笑いが多いな。

知らない大人と目が合ったときの
引きつり顔は、まだ反射だろうか。

赤ちゃんはかわいいので
ついちょっかいをかけたくなってしまうが
初顔の大人がぐいぐい行けば
大泣きされて手が出せなくなるのがオチ。
以後、条件反射で目が合うだけで
号泣で拒否される。

私は、基本、最初目を合わせない。

強面のおじさん(もうおじいさんか?)が
近くにいるだけで
たいていの赤ちゃんは警戒モードに入る。

かわいいのでがっつり観察するが
目が合ったら、すっと視線を外す。
赤ちゃん本人は無視しながら
若夫婦と談笑する。

見てないけど、その間
赤ちゃんはその様子を観察している。
ちょっと知恵のついた赤ちゃんだと
自分の親と知らない大人とを見比べて
その人間関係を判定している。

まだ、言葉のない赤ちゃんでも
相当一人前の判断力を持っているので
自己紹介に手を抜いてはいけないのだ。

きちんと手順を踏んでから
遊んでもらえるんだもんね。

ある程度、他人で無関心の時間を経たら
遠くからちょっかいをかけてみる。

何にも言わずに
どうでも良いものを
赤ちゃんの前に差し出すのだ。

先日はお茶の入った
500mlのペットボトル。

赤ちゃんは、目の前に差し出された
ペットボトルを見て
次に差し出した私を見た。

ここで、拒否されるなと判断したら
ペットボトルを引っ込める。
そして知らんふり。

赤ちゃんがこちらをじっと観察する。
こちらを見ている間は知らんふりしているので
やがて、赤ちゃんは視線をこちらから外す。

間髪入れずに
またペットボトルを差し出す。

また、差し出されたペットボトル。
知らないおじさんはこちらを見ている。

このとき私は、どちらかというと無表情。
愛想したりしない。
ペットボトル、ほらよ。って感じ。

何をしたら良いのか
意味を考えるのだろうか?
赤ちゃんは、とりあえずペットボトルの
キャップがつかみやすいので
そこをつかんで受け取った。

十分につかんで引き寄せるけど
私はペットボトルから手を離さない。

様子をうかがうような顔つきで
赤ちゃんは再び私を観察する。
ペットボトルのキャップはつかんだまま。

こちらの意図を図りかねているような
赤ちゃんの表情を見ながら
私がペットボトルを静かにこちらに引っ張ると
赤ちゃんはためらうように
ペットボトルから手を離した。

何かを取り上げられた喪失感は
赤ちゃんの表情からは読み取れない。

手を離したのを確認したら
再びペットボトルのキャップ部分を
赤ちゃんの前に差し出す。

赤ちゃんは、またつかむ。
ペットボトルと私の顔を見ながら。

こんどは、ペットボトルから
手を離してみた。

赤ちゃんは、ペットボトルを
なにげに引き寄せながら
次にどうして良いのか測るように
こちらの顔を見る。

心の中で「返せよ」と言いながら
また、ペットボトルを引っ張って
赤ちゃんが手を離すのを確認する。

一呼吸、おいて
心の中で「ほれ」と言いながら
またペットボトルを差し出す。

赤ちゃんは、ルールを理解したかのように
今度は割とスムーズに、当然のように
キャップをつかみ引き寄せる。

また、ペットボトルを引っ張ると
ぱっと手を離す。
こちらを見る赤ちゃんの顔が
「これで、良いんだろう?」って感じ。

心の中で「わかってんじゃねーか」と
また、ペットボトルを差し出す。

赤ちゃんは「はいよっ」って感じで
ペットボトルを受け取る。

以後延々と続く。のだが
他の大人が赤ちゃんにちょっかいをかけて
この遊びは中断。

赤ちゃんの独り占めは犯罪なので
私は、その場をちょいと離れて
赤ちゃんに背を向けて
また、他のメンバーと歓談していた。

自分の子供が赤ちゃんだった時を
思い出したなー。

高い高いとか
滑り台とか
そり滑りとか
アクティブな遊びもしたけど

そういう地味な遊びが
すげー面白かった。

寄り合いの懇談がわいわいしているなか
背中のほうで赤ちゃんのお母さんが
「あらあら、遊んで欲しいの?」と
言っているので振り返ると
いつの間にかハイハイして
私の後ろに赤ちゃんが来ていました。

何だよ。また遊びてーのか。

今度は、ガムテープがそこにあったので

ガムテープの丸い穴に
ペットボトルをはめて
手渡してやりました。

レベルアップ。

どうするのかじっと見ていたら
ペットボトルをガムテープから抜き取って
もう一度、はめようとしていました。

抜くときは、適当にペットボトルだけを
引っ張るとガムテープの輪っかも動いて
抜けない。

偶然にガムテープの輪っかを
おさえるとペットボトルは簡単に抜ける。

 

抜くことに成功しても

抜いた途端に「やべっ」て感じで

元に戻そうとする。

 

しかし、元に戻そうとしても
これは結構難易度が高い。

ペットボトルを持ち上げて
ガムテープの輪っかの上に
ペットボトルを下ろすのだけど
なかなか輪っかの縁にあたって
すんなり入ってくれない。

何度かチャレンジして
偶然、すぱっと入ったら。
赤ちゃんの顔が
なんとも言いようのない笑顔を見せた。

達成感?発見の喜び?
「うわぁっ」って感じの静かだけど
テンション高めの笑み。

後は、自分でペットボトルを取り出し
また復元するという動作のくり返しに
夢中になっていました。

回数をこなすと、精度が上がるのね。
見ていてこっちもうれしい。

お母さんも、うれしくなったのだろうね。
「上手だねえ」と盛んに誉めていたけど
本当はそれは感心しない。

私なら、その動作を気の済むまで
やらせた後に、次の仮題は何にしようか考える。
ニヤニヤしながら考える。

子供が夢中になれるものを見つけたら
余計なちょっかいを出さずに
それに集中させてあげたい。

十分に喜びを味わった後に
それを共有してあげたい。
できれば、もっと面白いことに
気がつかせてやりたい。

世の中は、もっと複雑で面白いよ。
ってね。

赤ちゃんに対しても
もっと大きな子供に対しても
もしかすると大人に対しても

何かを育てたいなあと思ったら
同じなのかもしれない。

 

ま、お母さんにしてみると

赤ちゃんのそのような瞬間に出会ったら

すかさず「誉めて」体験を強化したくなるだろうけど

アドラーのパセージ受けるとわかるかもしれません。

しかたないけどね。

 

それも、微笑ましい風景です。

 

教える側の距離感はとっても大切。

強面の私が、意外にも赤ちゃん得意なのも
その辺の距離感があるからだと自負しております。

顔が怖いので
若いお母さん、最初はよそよそしかったですが
赤ちゃんと遊んだ後は
素敵な笑顔で私と子育て談義してくれました。

赤ちゃんも好きだけど
若くてきれいなお母さんも

私は好きですよ。(おい)