この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




和室の寝具は
薄緑の濃淡が柔らかな新緑を
思わせる。
床の間にはこでまりが愛らしい。


黒が
フンフンと
花の匂いを嗅いでいる。


フルメンバーで
守る
いうことだ。


お月様を
見るんだよ


だだをこねるお前は
雨戸を
開け放った。


肩にかかる
あるかなきかの重さが
愛しかった。


月を見上げて
お前は言う。

〝お母さん
    すごく心配したんだね〟



咲さんは
憔悴した顔をしていた。
この女性が
これほどに……。


それが
今日何があったかを
改めて教えてくれた。



瑞月を喪う



それが
みんなにとって
どういうことなのか。



じいさんだけが
ニタニタしていた。
ニタニタしながら言ったんだ。


〝今日は
    たけちゃんもおらんし、
    わしはさびしい。
    こちらにお泊まり。〟



咲さんは
もう
準備していた。





遅い昼食を
二人でとった後、
瑞月をじいさんに預け、
俺は伊東と司令室に向かった。


女は
後を追えなかった。

5人は
その場でふらふらしているところを捕まえたが、
そもそも
なぜそこに現れたか
本人たちにも分からないらしく
要領を得なかった。


これは
俺も伊東も
慣れた話だった。

鷲羽は
襲われる。
繰り返し襲われるが、
それを司法に委ねることはできない。
実体がないからだ。






〝次は5月だ。
    警護計画を立てる。
    サラから立て直すから
    そのつもりで。〟

伊東は班長をまとめる。

見取り図に浮かぶ
客の動線。
スタッフのスペースとの境界線。


〝スタッフ〟には
手をつけられない部分が大きい。
今度のイベントは
身内だけではない。


俺の目は
ひたすらに洗い出していた。
俺の手を離れた瑞月の動線を。

守る
守る
どう守る
……………………。


参加する団体に
鷲羽の〝目〟は張り巡らされていく。
その網を潜り抜け
誰かがやって来るだろう。


俺は
それを覚悟していた。


夕食に現れたお前は
頬を紅潮させ
目を輝かせていた。


〝楽しかったんじゃのう。〟

〝うん!〟

じいさんは
まるで
久しぶりに会う孫に目を細める
罪のない老人みたいに
振る舞っている。


狸のくせに
古狸のくせに…………!! 
 

頼もしすぎるぜ
じいさん。


明るく笑うお前に
じいさんの強かさを感謝した。

ここは
みんなの家だ。
みんなが拠り所とする場所だ。
そして、
家は子どもを守る場所だ。




〝お母さんに
    心配かけたくないから……。〟

月に話し掛けるように
お前は
つぶやいた。


西原のことだろう。
そう思った。

〝見舞いは
    かえって西原に
    気を遣わせる。

    明日
    会える。
    だいじょうぶだ。〟


〝うん。〟


仰向く顔に
雲間の月が
その光を注ぎ、
瑞月は
月に昇ってしまいそうに
儚く見えた。


〝海斗も………… 心配した?〟

その唇が
小さく
囁き、
俺は抱き締めていた。




息を弾ませ
お前は喘いだ。

〝だいじょうぶだよ。
    ぼく、
    海斗のところに
    必ず戻るから……。〟


縁側に
縺れ倒れる俺たちを
月が見詰めていた。





瑞月を安らがせる心遣いに
警護の姿は
気配もない。


どこからか
伊東は
見ている。


俺がどんなに心細いか
お前には
わかるかもしれない。


こうして
瑞月といられる今を
どんなに失いたくないか。


腕にある
たおやかな肢体に
顔を埋めながら、

そんなことを
俺は
繰り返し思っていた。




雨戸は閉めた。
行灯に灯を灯して
俺たちは
休んだ。





腕枕に
お前は眠る。



微かな寝息が
愛しくて
それを聞いている今が
儚くて
俺は
ただ寝顔を見詰める。


〝ぼくね、
    トムさんに
    ありがとうをしたいの。〟


眠り込む前に
お前は
甘く囁いた。



ニャー

訳知り顔に
黒が鳴いた。


お前が囁く名に
俺の胸は
切ない。



俺は
お前を託す。
託すごとに胸は痛む。


感謝しながら痛む胸を
俺はもて余す。


「トムさん…………。」

微笑みながら
お前は
つぶやく。

むにゃむにゃ
何か続けて
また
俺の胸に丸くなる。




………………仕方ない。
西原、
明日は戻れ。

瑞月が待っている。

俺も
礼がしたい。

感謝している。 
待っているぞ。




イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。