この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




☆黒
日陰に入ると
足裏がひんやりする。

ああ
この木だった。

見上げようとすると
首が追い付かないわ。

節くれだってゴツゴツした根が
地面に盛り上がって
幾筋も木から流れ出してる。


怖いものも
光り輝くものも
どちらのパワーもある感じ。


この木に捕まっていたように見えた。



白い布に覆われた足。


長い足に
絡みつくように
細い足が見える。


さらさらと黒髪が
たくましい胸に流れる。
滑らかな胸筋がほんとに綺麗。
そしてね、
ちゃんと上下している。

わかってはいたけど
ほっとするものね。
長は生きてる。


その胸に白い頬をつけて
目を閉じた小さな顔が
まるで花のよう。

あなたは
どうかしら。


短剣は
あなたの勾玉に吸い込まれた。
胸を刺してはいないと思うんだけど…。


血は流れていない。


そっと近寄る。


長の手が
この子の背に回されている。
自由になって最初にしたことは
この子を抱き締めることだったのね。


いかにも海斗らしいこと。


起こすなら
まず
あなたからね。

そっと
その手をなめる。



何度も
何度も
私はなめた。


さやさやと
梢が鳴る。

この木は
気に満ちている。



さやさや

さやさや

さやさや


梢を渡る風

二人の頬を撫でていく風


風と木に
そして
しっとりした大地に
あなたたちは抱かれている。


目を覚まして

ここは
もう
光の地になっているから。




「う………。」

声が洩れた
なめるのをやめて
私は見つめる。


きっと
これは
見定めるのに
大切なときだから。



その手は
まさぐる。

抱いた背をまさぐり、
そして
全身がびくんと動いた。


胸からずり落ちかけた体を
その手は支える。
支え
そして
支えたまま
長は身を起こした。



「月よ」

長は呼ぶ。


二人の胸にある勾玉が
ぽっと
翠を灯した。


 月よ

 月よ

 月よ

 ………………。

声は優しく降り注ぐ。
白い小さな顔に降り注ぐ。


逞しい腕に抱かれ
あなたは
その優しい雨に包まれる。


その目が開かれた。
自分を見つめる長の顔をとらえ、
そして
微笑んだ。


まるで
花が咲いたようだった。


細い手が
そっと長の頬に触れる。
無事をその手に確かめるように
その頬を撫でる。


「月よ」

長が感極まったように
囁く。

あなたは
応えようとした。


応えようとして
目が泳いだ。

朱唇が震え
涙が零れた。





この子は
声を喪っていた。



☆おじいちゃんの部屋

「おう
 どうしたかね。」

老人は女衆の差し出す子機に
機嫌良く答える。


うん

うん

しばし耳を傾ける。


「わしは構わないんじゃけど、
 海斗はどうかのう。」

老人の声は
あくまで楽しそうだ。
電話の向こうからもクスクス笑いが
感じられる。

しばし
また
頷きながら
老人は笑顔を絶やさない。


「じゃあ、
 こちらも遠慮なく
 いこうかの。

 結果はお楽しみじゃな。」


電話を切った老人は
女衆にこう頼んだ。


「咲さんに
 こちらに来てほしいんじゃ。
 呼んでおくれ。」


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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