この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



3 2 1 Cue!

瑞月は微笑む。
俺も微笑み返す。

どうこじつけるか知らないが、
季節を語るものは
瑞月の指に摘まんだ葉一枚だ。



瑞月が
その紅葉した葉を
俺に渡す動作が開始のCUEになる。


黄色の小さき鳥………か。
白く細い指、
指先をいろどる薄紅の
仄かな光沢が繊細な細工物のようで
俺はその指先にみとれる。


「かわいい。
 銀杏って。」

「可愛いのはお前だ。」

俺は
いつもの答えを返す。


すると、
お前は
花のように微笑む。


まるで
いつもに変わらぬやりとりに
ふと
撮影であることを忘れ
俺は
幸せに酔う。



そして、

「ぼくを助けてね。」

囁いて
お前は銀杏を俺の手に乗せた………。


Cueだ。


バーン

扉は開き、
給仕が
突き転がされ
若紳士の藤波が店内を滑ってくる。

ざざーーーーーーーーー
………………っ
水差しと花瓶を置いたテーブルに
狙い通りだろう
背を丸めて到達し
テーブルは跳ね上がる。

ガシャーン


音響効果抜群だ。

そして、
静まる。


〝音は消します。
 花瓶の花が舞い上がり
 舞い落ちる。

 綺麗でしょう?〟

〝うん!〟

田中が
瑞月を丸め込んだ幕開けだ。



瑞月は
音に
キャッと身を縮める。

ほら
怖がらせたぞ、田中!
勘定につけとくからな。




「動くな!」
日本刀やら短刀やらが
切っ先を
客に向けて一人一人を
その場に凍らせていく。




台本通り
俺は
すっと立ち上がり

台本にはないが、
後ろ手に瑞月の手を握ってやろうとした。



………………ない?
手が手に触れない。



「藤波さん
 だいじょうぶ?」

甘いアルトが店内に響く。
ああ
またか
赤いリボンが揺れている。
華奢な手に藤波を抱き起こそうと
瑞月は花瓶の破片と花が散らばる中に
膝をついていた。


芝居なんだ
かすり傷一つ付いちゃいない
が、
瑞月には分からないだろう。


 ああ
 だから
 お前は可愛い

 だから
 これは無理な台本なんだよ、田中!
 

破片は磁器のそれではないが
尖っているに変わりはない。


「藤波さん」

「藤波さん」

………………………。


悪漢に制圧され
静まり返った店内に
可愛い涙声が
一生懸命藤波を呼び続ける。



藤波は
迫真の演技で目を閉じている。
こころなしか
顔色まで白く見えるんだから大したものだ。



藤波!
さっさと起きろ!!
いつまで瑞月に抱っこされてるつもりだ!?


これは撮り直しじゃないか。


ため息をついて、
俺は
瑞月を立たせようと
そっと肩に手をかけた。



「もう一度言う
 動くな!」

リーダーの声が響いた。


倒れ伏す若紳士
すがる美少女
倒れたテーブル
花瓶の破片に床に広がる花
そして、
ただ一人悠然と動き回る主人公。


………………設定にさしたる変化はない?
撮影続行するつもりか?



俺は
ゆっくり向き直り
ゆらりと立ち上がった。



 速攻で終わらせてやる。
 筋書きと違っても文句は言うなよ
 もう狂ってるんだからな


瑞月が
涙目で俺を見上げる。

俺は瑞月の位置を頭に叩き込み
店内に散らばるスタントに対した。



最初の一撃は
筋書き通りに来る。



「聞こえないのかな?」

揶揄するようなリーダーの声、
これがCue。


殺到する日本刀の風を
肩先に長し、
その腕を引いて足を払う。

リーダーの体は
窓側に飛び、
三番手のはずの絣にブーメランのようにぶつかった。


窓の外に落ちる二人を目の端にとらえ
俺は
二番手の短刀を蹴り上げ
次の一足で
闇雲に突入してきた四番手を回し蹴りにし、
二人重なって倒れる間に
入り口に仁王立ちしていた五番手を倒した。



残り五人を目で抑え、
俺は声を張った。


「みなさん!
 出て!!」


筋書きにはないが、
突発事の際、
人は〝絶対の声〟に素直に反応する。

警護班チーフ佐賀海斗の声は
絶対だ。




入り口近くに固まっていた客が
わらわらと
俺の背後を抜けて行く。



「藤波さん!」
瑞月の声が響く。
残り五人の目が一斉に瑞月に
向けられる。


藤波が
ゆらりと動いた。
こいつ
本当に意識を失ってたのか。
修行が足りない奴だ。


床を蹴る。
高い天井で助かった。
一回転し
着地するや
俺は
向かってきていた六番手の足を薙ぎ払った。



「藤波!
 しゃんとしろ!!」

背を向けたなり
若造に声をかける。




「海斗!」
瑞月の声が
やたらに近い。

肩に風を感じた。
ふんわりと
優しい香りが漂い
仄かな人の温みが肩を暖める。



え?


俺は目を剥いた。



俺の脇に
折れたテーブルの脚を握りしめ、
両足を踏ん張って
瑞月が立っている。

 

 ………NGだよな?
 ………………NGだよな?
 ………………NGだよな?


今度という今度は
残る四人も
俺も
田中の声を待った。




………………………言わないのかよ!?


俺たちは
芝居の中に取り残された。
この芝居、
続けろっていうのか!?

瑞月が
どう動くか
俺たちには分からないってのに?!




そして、

「藤波さん
 逃げて!」

可愛いアルトが凛と響く。



いや
瑞月、
それは
むしろ藤波の台詞だ。

ていうか、
藤波かよ!?

そいつのために
そんなもの握ってるのか!?




ええいっ
一人が突っ込んできた。
気の毒に目をつぶっている。



影が動いた。



その手を
スーツの手が握る。
がしっと握った手に力がこもり、
七番手を押し倒す。


「藤波さん!」

気遣わしげな瑞月の声。

藤波が
瑞月の前に出て
肩で息をしていた。





芝居は続く。
終わらない。

倒しただけの連中が
頭を振りながら
立ち上がりかけていた。




俺は一歩前に出た。
背に
瑞月と藤波を庇い、
がっ
テーブルを蹴り飛ばす。



スタントチームの視線が集まる。
俺は
その視線を受けて
そこに立った。


指揮は俺が執る!


その周知徹底が第一だった。
もう
目をつぶって飛び込んでくるなど
させられない。



ここは
鷲羽の訓練場だ。

言葉は
もとより使わない。
沈黙の内に指示は伝えねばならない。


俺は一人一人の目に
返した。



終わらせる!
始めるぞ!!




打ち込む手刀の風にをタイミングに
一瞬早く
体は
床を蹴り
風に飛んで行く。


宙を回転する間に
二人が
回り込み
着地とともに横へと床を滑っていく。


よく訓練されている。
僅かな予告に
瞬時に反応する体が見事だ。




もの数秒。

早く終わってくれ!!
共通した願いをモチベーションに
戦闘は終わった。




呻き声を上げながら
床に転がるスタントの中を
俺は戻る。


そっと
膝をつき
瑞月の手を取る。


「終わったよ。
 怖がらせた。
 許してくれ。」



瑞月が
にっこりする。

「だいじょうぶ!
 お芝居だもん!

 ねっ
 藤波さん。」

瑞月が
藤波に
微笑みかける。


「みんな
 受け身はできてます
 って
 瑞月さんに
 教えてあげました。」


俺は
二人が笑い合うのを
膝をついたまま見上げていた。



………そうか。


俺は立ち上がり
膝を払い、
藤波に向く。


「助かった。
 瑞月が怖がっていないか
 気になっていた。

 感謝する。」


藤波は
頬を上気させ
ぺこり
頭を下げた。



さて、
次は
姫君の救出か。



床は
華やかで
かつ物騒な欠片が散らばっている。

俺は
瑞月を抱き上げた。

そして、

抱いた瑞月ごと藤波を振り返り
努めて静かに
口を開いた。



「藤波、
 お前の受け身は
 まだまだだ。

 姿勢のコントロールが甘いから
 ダメージを受ける。
 医務室に行っておけ。

 頭部を打っただろう。」


藤波の表情は
俺の腕にある瑞月に
寂しげな色に変わる。


そうだ
西原がそんな顔をよくする。
こいつは
俺のものだ。
そこは
しっかり覚えておけよ。


それと、


聞いとけよ、瑞月。
こいつは〝まだまだ〟だ。
それに、
俺は優しく言ったからな。
俺はこいつに怒ってない。


瑞月は
俺の胸で
小さく手を振る。


そして、
俺は
瑞月に言いたかったことを
ようやく言った。


「やたらに
 座り込んではダメだ。
 怪我でもしたらどうする。」




瑞月は
聞いているのかいないのか
つくづくと
俺の顔を見詰める。


きゅっ
肩に回された手に力がこもる。

その可愛い顔が
近づいて
耳に
その息がかかった。


「海斗………ぼく、
 熱くなっちゃった。」

瑞月が囁く。


そして、
瑞月が
そっと唇を寄せた。


俺は
黙って
カメラに背を向けた。

甘い唇を
唇に受けて
俺は酔う。


こんなときでも
お前のキスは
俺を酔わせる。



カーーット!


………………撮ってたな。
田中は
いつもこうだ。




スタント連中が
転がっていた床から
跳ね起きる。


瑞月を抱いたまま
俺は
肩を叩きあっては吠える男どもに
びっしりと囲まれた。
一時的に
部下にした男たちは
作戦終了に高揚して収まらない。


そして、

その向こうは
毎度おなじみの大騒ぎだ。




やった!
やりましたね!!


すごい!
すごい!
すごい!

クレッシェンドが止まらぬ歓声。
スタッフは喜びの渦だ。




だが、
田中、
今日という今日は
このまま終わらせないからな!


その前に
瑞月をなんとかしなくては
ならなかった。




〝ありがとう〟
〝助かった〟
〝どうも〟
スタントチームに声をかけながら
ようやく
部屋を抜け
田中の陣取るあたりに来て
俺は
瑞月を下ろした。



「ちょっと
 藤波さんの様子を見ておいで。
 医務室だ。」

行かせたくはないが
ここからを聞かせたくない。
そして、
藤波は
一応抑えてある。



俺は
瑞月の背を押してやり
瑞月が部屋を出ていくのを見済まして
田中に向き合った。




「田中さん」

声に感情は消える。
俺は、
佐賀海斗モードに切り替えていた。



筋書きのないスタントなど、
あってはならない危険行為だ。
その責任は
スポンサーたる俺にもある。

瑞月のことを差し引いても
田中を糾弾するに
おつりは十分な事態だった。
俺は
退くつもりはなかった。



田中は
いつもの感激に目を潤ませたモードだが、
それには
もう
俺は止まらない。


「お分かりでしょうが
 途中から
 筋書きは大きく変わりました。

 このような危険な………」


そして、
田中も、
止まらなかった。


「総帥!!
 信じられませんでした!!
 すべて天宮補佐
 仰有った通りでした!!」

また
咲さんか!!
俺は構わず続ける。


「危険は
 スタントチームはもちろん
 現場にいた全員を巻き込みます。

 未成年の天宮君は
 スタントも知らず
 芝居の意識も薄い………」



え?
くにゃんと
肉厚な手触り?



田中の手が
俺の手を握り締めていた。
懲りない奴だ。


またか!
抜こうとするが
まるでスッポンのしつこさに
手は離れない。

あまつさえ、
握ったまま胸にあてる。



おい!
二人で
手を取り合って祈ってるのか、
このポーズは!?

空気を読め!
俺は
これからお前の進退を問うところだぞ!!



「田中さん!」

たまりかねて
怒鳴り付けた。





しん
お祭り騒ぎが静まる。



皆の目は
ただ
俺と田中の手を取り合う姿に
集中した。



その注目の中、
田中は
突然目が座る。


「瑞月は
 きっと反応します。
 そして、
 感じたように動きます。」


神のお告げでも伝えるかのように、
視線は
宙を浮き
握った俺の手ごと
胸に手は祈りのポーズに固まった。




「何だって言うんですか!
 それに
 名前呼び!!」

ようやく
もぎ離した手を振りながら
俺は噛みついた。





田中は
微笑んだ。

ひどく落ち着いた声が
俺の怒りを
場にそぐわぬものに変えていく。


田中は
俺に
静かに頭を下げた。


「私の言葉ではありません。
 天宮補佐のお言葉です。」




そして、
皆を見回した。

声音は
むしろ静かで
それは
静まり返ったチームに
染み入っていくようだった。


「皆、
 今日の奇跡は本物だ。

 筋書きのないドラマだ。

 スタントという筋書きなしには
 あり得ないものを
 入れながら
 ここに筋書きはなかった。」

田中は
瞬時
言葉を途切れさせる。

そして、
自分の思いを確かめるように頷き
続けた。


「天宮君は
 芝居に入り込んだ。

 本当に気を失ってしまった藤波君に
 芝居のまま心を寄せた。

 その純粋に
 俺は震えたよ。


 迷った。
 迷ったが、
 そこに賭けた。

 皆には詫びなければならない。」

田中が
深々と頭を下げた。

上げた頭に
今度は
一同が頭を下げる。



田中が謝った………。



俺は
初めての田中の反応に
驚いていた。



皆は
頭を上げ
静かに続きを待った。


「そして、
 ついに、
 天宮君が
 スタントの中に飛び込んできた。

 心の向くままに
 天使が舞い降りたみたいだった。


 止めようと思ったんだ。
 本当だ。
 でも、
 止められなかった。」


田中は
改めて皆を見回す。

そして、
声音を変えた。


「瑞月の思うままに
 させてやってください。
 危険はありません。

 総帥は
 如何なる事態でも
 誰にも傷一つ残さずに
 収める力をお持ちです。

 常人ではない。
 安心してください。

 それよりも、
 瑞月が
 心のままに動き、
 怒ったり
 悲しんだりすることが
 とても大切な何かを伝えることに
 なると思います。」


そうして、
自分が伝えた言葉が
皆に伝わるのを待ち
付け加えた。



「天宮補佐は
 そう
 仰有った。」


田中は
俺に向き直った。

「総帥!
 ご指摘はもっともです。
 そして、
 天宮補佐のお言葉を盾にすることは
 私の望むことではありません。」


俺は
頷いた。

嫌な奴だが
こいつの頭の中は
また特別だ。
自分の進退以上のことがあるのだろう。


何かを作りたくて
この仕事をしている。


そういう男だ。
それは、
良くも悪くも変わらない。


田中は
にっこりした。
あんまり真面目なにっこりで、
また
俺は迷う。


「私は
 ただ
 これを撮影できたことを
 天宮補佐に感謝しています。

 責任は
 これを完成したところで
 取らせていただきます。

 〝天使の涙〟
 と
 題して
 天宮君中心に編集させてください。」


そうして、
また、
今度は俺に向かって
深々と頭を下げた。


一同の頭が
次々と下げられていく。


俺は
ぐるりを
頭を下げた田中チームに囲まれた。



しばらく待ったが
頭は
上がらない。



俺の返事を待っていると気づいた。
それは、
もう決めていた。


「これは、
 天宮君を撮るシリーズです。
 当然です。

 ………そして、
 補佐の言葉は私の言葉です。
 責任は私にある。

 作品を楽しみにしています。」


ざざざざざっ
黒い頭の群れが白い顔に変わる。


 オセロのようだな


「ありがとうございます!!」

で、
現場は
ふたたびお祭りへと雪崩れ込む。

〝天使だ〟
〝天使を撮るんだ〟
勝鬨は上がる。
キーワードは決まった。


酔いしれて
その夢によいしれて
田中チームは
止まることを知らぬ。



田中は
チームを〝天使〟の下に
まとめあげたようだ。
そのテンションたるや
お前ら
いつから救世軍になったんだ?
のレベルに達した。



いい
ともかく
終わった。

瑞月は無事だった。
それに、
今度は、
多少テーマもわかる。

危険性は………咲さんによれば
なかったらしい。


俺は
ぼんやり
眺めていた。




ぽんぽん
肩を叩かれる。


歓声に揺れる
ばかでかいスタジオの中で
田中が口を寄せて大声で話しかけてきた。

「あ、
 最後
 天宮君のキスでしめます。」

「キスって………。」

俺が
打ち消そうとすると、
田中は手を振る。


「してないのは
 わかってます。
 だいじょうぶ。

 舞踏会のときも
 キスありましたし
 視聴者も待ってます。」

田中は
如何にも
わかってる
わかってる
いうように笑う。



そして、
もう田中は田中だった。

盛り上がる皆に向けて
田中は両手を振り回す。

「決まりだ!

 傷ついた若者に涙する天使、
 自ら若者を守ろうと立ち上がる天使、
 そして
 愛する騎士の腕に抱かれ
 感謝のキスをする天使。

 視聴者の心鷲掴み!
 どうだ!?」



うわーーーっ


これ以上盛り上げて
このセットが崩れでもしたら
どうするんだ。



瑞月から求めた唇が
まだ
仄かに
感じられた。

俺は
もう瑞月が
恋しくなっていた。




ようやく瑞月が戻ってきたのは、
もう
皆で映像をカメラに確認するころだった。


こそっ
中を覗き
キョロキョロする。


俺を探してるのかと思ったら、
あっ
小走りに駆け寄ったのは
衣装とメイクの二人だった。


瑞月は
二人と部屋を出ていく。


咲さんの言う
〝あの子の感じるまま〟は、
まだ
前半戦を終えただけだった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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