この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



緞帳の内側は
煌々と照らされて明るく、
そして、
目まぐるしい。



先程、
跳ね人の一座が
大迫りにズラリと並んで下りていった。


代わって
吊りものが
まさに下りてくる。



巨大なねぷたが
偉容を見せて
しずしずと姿を現した。




   坂田の金時さんかな


真っ赤な顔は
一つ一つ造作が太く黒く縁取られ、
その目玉は絅絅と辺りを睨め回している。


突き出された腕は
また
なんと太いことか。

その裾を跳ね上げた出で立ちは
どっしりとその足を踏ん張って力強い。



  
〝秦はロビーだ。
    休憩は残り10分!
    奴と接触する客はすべてチェック!
    会話は記録しろ!〟


西原の声がインカムに飛び込んでくる。
熱くなってるが……、
だいぶ鶏冠に来てるが……、
指示する声は落ち着いている。


上擦ってはいないな。
作田は
舞台裏にあって
クスリと笑う。


   頼もしい奴だよ
   なぁ佐賀君


水澤が先導していた。
ドアを見やる視線の明瞭さ……。
視覚障害はどうなったのか。



    あっちじゃあ
    そりゃあ
    相当のことがあったに違いないさ。



作田は
海斗を追おうとして
ピタリと止まり、
マサをこの袖で待つことにした。






水澤に従って
袖から奥まった先の
今は人影もない搬入口へと消えていく佐賀海斗を
作田は見送った。





   まあ
   君は
   とりあえず撤収だな。



   
作田は考える。
己が
ただ一人
止まった時間を見詰めていたには
それなりの意味がある。




あるはずだ。




巻き込まれた妖怪大戦争も
早4日目。
〝見る〟こと〝見える〟ことは、
このオカルトではリアルな武器と感じていた。



瑞月が
その戦いの跡も残さずにあること
秦が
まるで首がすげ変わったように変貌したこと



その二つを
合わせて知っている自分には
それなりの役目があるに違いない。



腹も括っている。




藤の園で
海斗を〝白だ!潔白だ!!〟
宣言したことは、
どうやら戦況を大きく変えたらしい。



妖怪やら
化け猫やら
魑魅魍魎が見えたり
話せたりするのは
化け物を殺人犯と追うには
欠かせない素質とも言える。



〝秦が戻る
    上手側舞台前のドアだ。
    
    楽屋前通路へ繋がるドアを
    固めろ。
    向かう
    
    客席上手側はドアを注視!〟



ふうっ……。


作田は
飽きずに
溜め息を繰り返す。


ほんとは西原についてやりたかった。
それなら得意分野だ。
経験豊富な先輩だ。



……誰が
好き好んで
化け物なんか追っ掛けたいものか。


だが
仕方ない。
もう
それは決まったことなのだ。



ポツンと
凍りついた世界で佐賀海斗を待ちながら
作田は諦めをつけていた。






     
   秦を観察するには俺が適任さ。
   
   相方も申し分ない。



世慣れた老兵二人は、
袖に残り、
舞台を
会館を
秦を引き受けた。



まあ
大した舞台セットではある。
腹が決まれば余裕も出てくるというものだ。


妖怪通訳担当にして
幻術の有無判定担当の
作田が感心してねぷたを見上げる横では、
政五郎が
若者らを前にニコニコしている。



渋谷の縁で
祭の先駆けを務める不知火組は、
真紅の祭衣装も鮮やかに
眸を輝かせている。


ただ一人、
白の長半纏の藍田省吾は、
総代代行として
今日の演目を支える。


省吾は
どこか吹っ切れている自分を感じていた。



 兄さん
 俺でもいいのか?
 ほんとに?


そう考えては
いつも
どこか宗吾を追っては舞ってきた自分が
なんだか消えていく。



まだ雪花舞う早春の祭の夜、
いきなり絡んできた暴漢たちから仲間を庇って
宗吾は足を折られた。



げらげら笑いながら振り上げられた木材は
さらに省吾らに襲い掛かった。
そこに政五郎が飛び込んできたのだ。


叩き伏せられた男たちは
あたふた駆け付けた警察官に
そのまま引き渡されたが
宗吾は病院に担ぎ込まれた。


…………大腿骨が折れていた。


宗吾はチームの花形で
リーダーで
大黒柱だった。



白の長半纏は
宗吾にこそ相応しい。

そう思ってきたのだ。




「マサさん
 お陰様で
 不知火組はこうして
 舞うことができています。

 そして、
 舞いって
 大切なものだと
 今
 改めて思っています。

 鷲羽の祈り、
 これもマサさんのお陰で出会えた奇跡みたいなもんです。

 心を籠めて舞うこと、
 それだけ考えて舞ってきます。」


省吾は
心から思うことを
挨拶に代えて
一心に語った。


それが、
みんなの思いでもあると
素直に思えていた。


そして、
そっと手に触れる温かさに気づいた。
言い終えて脇を見ると
奈美が自分の手を握っていた。


心が熱くなった。





政五郎が
省吾の肩を叩く。



「俺が見届けてやる。
 行ってこい!」

はいっ!!


YOSAKOI不知火組は
背筋を伸ばし
舞台に散っていった。





〝秦
 入りました!〟

〝よし!〟


政五郎が作田を見る。
作田は頷き
袖を出た。


次の何かに備える。
それが何であれ
備えることは必要だ。



秦は客席に戻った。
魔もなく休憩は終わる。
作田は持ち場につかねばならない。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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