ブニアティシヴィリ 大阪公演 チャイコフスキー/プレトニョフ くるみ割り人形 ほか | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

カティア・ブニアティシヴィリ
ピアノリサイタル

 

【日時】

2017年11月12 日(日) 開演 14:00


【会場】
いずみホール (大阪)

 

【演奏】

ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ

 

【プログラム】
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 Op.57 「熱情」
リスト:ドン・ジョヴァンニの回想
チャイコフスキー/プレトニョフ:くるみ割り人形
 1. 行進曲
 2. 金平糖の踊り
 3. タランテラ
 4. 間奏曲
 5. トレパーク ロシアの踊り
 6. 中国の踊り
 7. アンダンテ・マエストーゾ
ショパン:バラード第4番 ヘ短調 Op.52
リスト:スペイン狂詩曲
リスト/ホロヴィッツ:ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調

 

※アンコール

シューベルト/リスト:セレナード (「白鳥の歌」より)

ドビュッシー:ベルガマスク組曲 より 「月の光」

リスト:メフィスト・ワルツ 第1番 より 再現部以降

ヘンデル/ケンプ:組曲ト短調 HWV439 より メヌエット

 

 

 

 

 

カティア・ブニアティシヴィリ。

著名な若手ピアニストである彼女は、かなりのテクニシャンであり、かつヴィルトゥオーゾと呼ぶにふさわしい華やかさも持っている。

ただ、緩急や強弱の変化が唐突であるような印象を、私は受ける。

彼女の録音のうち、バッハ/リストの「前奏曲とフーガ」イ短調とか、あるいは「マザーランド」というアルバムに入っている小曲の数々などは、きわめて音楽的でセンスのある演奏で、好きである。

しかし、リストやショパンのソナタとかバラードのような、比較的大きな曲になると、あまりに気まぐれというか、私としてはもう少しかっちりと全体の構造を見通したような演奏を望んでしまう。

どんなに好きなピアニストでも、その全ての演奏を好きになることはないというのが私の常であり、仕方ないのかもしれないが、大曲好きの私としては、大曲の演奏であまり好きになれないというのは、ちょっと困った問題なのである。

そんな彼女が今回来日するということで、実演ならば印象が変わるかもしれないと思い、聴きに行ったのだった。

 

 

実演を聴いてみると、彼女の緩急や強弱の変化は、録音以上に激しかった。

最初の「熱情」ソナタ、この曲で私の好きな演奏は

 

●スヴャトスラフ・リヒテル 1960年セッション盤(Apple Music

●チョ・ソンジン 2009年浜コンライヴ盤(CD、ただし第1楽章のみ)

 

あたりである。

今回のブニアティシヴィリの演奏は、どうだったか。

第1楽章、冒頭の弱音の部分は中庸の速さだが、フォルテ(強音)になると途端に速くなる。

左手が同音連打を奏する経過句ではとても速く、第2主題では逆にかなり遅くなり、そしてコデッタ(小結尾)では限界に挑戦するような高速テンポ、といった調子。

これだけのテンポで弾けるのは相当なテクニックの賜だが、ソナタらしいテンポの一貫性は感じられなかった。

第2楽章は比較的穏当な表現で、音も美しかった。

終楽章はこれまた初めて聴くような高速テンポであり、かなり弾けているし目立ったミスはないものの、全ての音がしっかりと鳴りきっているという感じはしなかった。

部分的には十分に力強いのだが、例えば第1主題の後の経過句では、左手の和音によるトレモロがほとんど聴こえなかった。

また、コーダ(結尾部)の和音の連続スタッカートでは、例えば上記リヒテル盤では、くさびを打ち込むような、腹にどすんとこたえる強靭なフォルテが聴かれる。

しかし、ブニアティシヴィリの場合は、あまりに速すぎてやや浮足立ったような音になってしまっていた。

 

 

次の「ドン・ジョヴァンニの回想」で、私の好きな演奏は

 

●ダニエル・シュー 2017年クライバーンコンクールライヴ盤(CD、または動画の26:40あたりから)

 

あたりである。

また、今年の5月に彼の同曲の見事な実演も聴いた(そのときの記事はこちら)。

今回のブニアティシヴィリ演奏は、前半はかなり良かった。

序奏は迫力があったし、中間部の「お手をどうぞ」の主題は、ドン・ジョヴァンニとツェルリーナのかけ合いがセンスよく表現されていた。

しかし、後半になると徐々につんのめり出す。

ラストの「シャンパンの歌」の部分では、速すぎてタッチが不完全なのか、音が抜け抜けになってしまっていた(部分的には、きわめて豪快に音を鳴らす箇所もあるのだが)。

この難曲中の難曲は、上記のダニエル・シューの演奏はおそろしく精密かつ力強い名演だけれども、ほとんどのピアニストの場合うまくいっておらず、仕方ないという面もある。

しかし、ブニアティシヴィリだって、相当なテクニックを持っている。

もう少しゆっくり弾けば、相当に充実した演奏になるのではないか。

 

 

休憩を挟んで、チャイコフスキー/プレトニョフの「くるみ割り人形」。

この曲で私の好きな演奏は

 

●レム・ウラシン 1999年セッション盤(Apple Music

●レム・ウラシン 2004年シドニーコンクールライヴ盤(NMLApple Music

 

あたりである。

また、音質は悪いがクレア・フアンチの演奏動画も好きである(前半後半)。

今回のブニアティシヴィリの演奏は、比較的曲にマッチしていたように思う。

冒頭の「行進曲」の三連符は、やや不明瞭で粗く、勢いで弾き飛ばすようなところがあったけれど、中間部の4音連打などは、かなりのハイテンポなのに、粒がしっかりそろって大変きれいだった。

相当なテクニックであり、決して細部を丁寧に仕上げることのできない人ではないことが、ここからも分かる。

行進曲のメロディとともに駆けあがっていく音階音型も、華やかで良かった。

第3曲の「タランテラ」なども、滑らかかつ軽やかな演奏だった。

全体に、ところどころ「ムラ」はあるけれど、華やかで好印象だった。

上記のウラシンやフアンチくらい丁寧な表現が聴かれれば、さらに良かったけれど。

 

 

次は、ショパンのバラード第4番。

この曲で私の好きな演奏は

 

●中川真耶加 2015年ショパンコンクールライヴ動画(こちら

 

あたりである。

今回のブニアティシヴィリの演奏は、彼女自身の同曲録音と同様、幻想的で、はっとさせられる美しい箇所がいくつもあった。

しかし、全体的にはやはり緩急や強弱が頻繁に移り変わり、まとまりがあまり感じられない。

私は、以前の記事(こちら)のコメント欄にも書いたように、ショパンは韻文的というよりも散文的な曲の書き方をしたと考えている。

このバラード第4番でも、あたかもソナタのように、全ての音をきっちり明快に鳴らしつつ、全体的な構造(幻想から激情への、息の長い移行)を明らかにする演奏をしてほしい。

上記の中川真耶加の演奏などは、若きポリーニが弾いたらこれに近かったかもしれないと思われるような、ごまかしのない明快な、かつ構成感のはっきり出たソナタ風の演奏となっている。

とりわけ、最後のクライマックスへの持っていき方が素晴らしい。

対するブニアティシヴィリのほうは、どうも不完全燃焼で終わってしまう。

 

 

最後はリストの2曲、「スペイン狂詩曲」と「ハンガリー狂詩曲第2番」(ホロヴィッツ編)。

スペイン狂詩曲で私の好きな演奏は

 

●スティーヴン・ハフ 1987年セッション盤(Apple Music

●Vladislav Kosminov 2017年モントリオールコンクールライヴ動画(こちらの2:35:20あたりから)

 

あたりである。

また、ハンガリー狂詩曲第2番(ホロヴィッツ編)で好きなのは

 

●スティーヴン・ベウス 2014年ノーマンライヴ盤(NMLApple Music

 

あたりだが、先日の黒岩航紀の演奏会での名演も忘れがたい(そのときの記事はこちら)。

これらの曲でも、ブニアティシヴィリの印象は同様だった。

速い部分は、驚異的な速さで弾けている。

しかし、リストにふさわしい充実した力強い音がすべての箇所で聴かれたかというと、そうではなかった。

上記のハフの演奏では、同じく相当に速いテンポながら、きわめて充実した、余裕のある力強い音が聴かれる。

上記のKosminovの演奏では、それほどには速くないものの、やはり充実した音を聴くことができる。

極端に速いテンポでなくてもいいので、しっかりした音を聴きたいところである。

もちろん、ブニアティシヴィリはどれだけ速くてもたいていは転ぶことなくスムーズに弾けており、それだけでもすごいのだが。

ハンガリー狂詩曲第2番など、あまりに速くて、ラッサン(後半の急速部分)に入る直前の「タメ」すらもないので、「いつの間にラッサンに入っていたのだろう」と後で気づくほどだった。

 

 

アンコールを4曲も弾いてくれたのだが、うち3曲(シューベルト、ドビュッシー、ヘンデル)は緩徐な曲で、これらは大変味わい深く、文句なく素晴らしかった。

「月の光」など、特に再現部がきわめてロマンティックで、絶妙な最弱音だった。

それに対し、もう1曲のアンコールである「メフィスト・ワルツ」(再現部以降)は、やはりやたら速い。

難所の跳躍箇所など相当なテンポで弾けているのはすごいが、やはり音がしっかりと出ていない。

私の好きな

 

●アシュケナージ 1970年セッション盤(NMLApple Music

 

などは、跳躍部分でもかなりしっかりとした打鍵が聴かれるため、比べると物足りなくなってしまう。

 

 

というわけで、感動と物足りなさがないまぜになった気持ちで、会場を後にしたのだった。

 

 


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