歌誌「冬雷」2017年 8月号 私の心に残った歌 その9 | 北山の歌雑記

北山の歌雑記

短歌初心者の戯言
「うたは下手でもよい自分のうたを詠め」
目指す旅路の道中記

前回に引き続き歌誌「冬雷」8月号の中で、私なりに特に心に残った 

歌を抜粋してみました。鑑賞・評などと大それたものでは無く

私なりに選ばせていただいた理由を少々、記させていただきます。 

(☆新仮名遣い希望者)


普段なら乾杯終えて退出する代議士は長く宴席におり

東京 永 野 雅 子☆


いつもなら乾杯の後にいそいそと退出する代議士。

その時に限っては宴席に長居した模様だ。

東京都議選直前の光景だろうか。

まあ、そう遠くはない代議士自身の選挙。

それを見据えての「長く宴席におり」との、作者の洞察を感じた。


雉猿犬従へる桃太郎像のかざせる小手に鳩止まりゐる

東京 松 本 英 夫


(連作より)岡山を巡った作者。

そして「雉猿犬従へる桃太郎像」を見掛けた。

有名なものでは、岡山駅前にこのような銅像がある模様だ。

その雉猿犬を従えて、いざ鬼退治の銅像の「かざせる小手に鳩止まりゐる」

平和の象徴である鳩が止まっていた。

鬼退治の物語性との真逆の鳩の同時存在に、思わず作者は苦笑したの

かも知れない。


貰い子とわれに知らせず逝きし母たおやかな姿われに残して

埼玉 横 田 晴 美☆


今まで実の父母と思っていた両親。

実際は養父養母であった。

そして「貰い子とわれに知らせず逝きし母」と、最期まで事実を語ることなく

亡くなられた模様だ。

その表情も「たおやかな姿われに残して」と。

確かに生物学上の実の「親子」では無かったが、作者も亡養母も浅からぬ

縁から生じた親子関係であった事は間違いない。

また作者の連作には


生みの母逝きてしばしの月日経ち送られきたる宇治茶一缶


何も無き形見の替りに缶一つ胸に抱き締め一夜を過ごす


の二首もあり、非常にドラマ性のある連作であった。


わが在るを祖父母は今の吾のやうに喜びしかと孫を見守る

埼玉 きすぎ りくお


自身の孫を見守る作者。

ふと祖父母に存分に可愛がられた幼き頃の自身を思い起こしたようだ。

そして自身のかつての姿を、「祖父母は今の吾のやうに喜びしかと」と

想像する。

子から父、父から祖父と立場が移り変わる度、それぞれの世代ならではに

味わう感慨の連鎖などを、しみじみと感じていた模様だ。


茶など出すいとまもあらず調査員聞き取り終へてたちまちに去る

東京 野 村 昭一郎


作者の自宅を訪れた調査員。

聞き取りを終えると、早々に立ち去った模様だ。

お茶や茶菓子など、あれこれ思案を重ねたであろう作者。

思わぬ展開に拍子抜けした感が窺える。 



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