今朝方、四半世紀来の付き合いのあった親友の訃報に接した。

今朝方7時すぎに、いつものように朝飯を食べて洗濯機を回してる合間に布団の中でスマホからTwitterを見てたら、友人のスマホから着信がありました。出てみると、友人のお姉さんで「その友人が急逝された」という緊急連絡でした。

その友人とは思えば四半世紀を超える付き合いがあり、もはや「親友」「戦友」と呼んでも差し支えがないほどの人でした。

元々はさだまさしのファン繋がりで、当時、「さだまさしのセイヤング」という番組であちこちにリスナーのオフ会ともいえる「さだまさし研究会」が番組にはがきを出して翌日どこそこで集まりましょう…みたいな感じで結成されることが多かったんですね。で、最盛期で30-40サークルほどあったそうで、首都圏と関西でその横のつながりを持とうと「連絡会」みたいなのが立ち上がり、その最初の会合で知り合ったのが「きっかけ」でした。

で、私は「成田さだ研」、友人は「春日部さだ研」のメンバーで、お互いの会は人数不足に喘いでいたので年に数回一緒に合同例会をやるようになり、それが更に数団体一緒にやるようになり、余興の一環で当時の成田さだ研でクイズをやるようになり、更にさだ研からクイズサークルに鞍替えして、約25年・おおよそ300回の定例会を数えるほどになりました。その他にも毎夏、さだまさしが長崎で野外コンサートをやってた時期がありそれに合わせて九州旅行とかにも行く仲でもありました。2004年秋に行われた私の結婚式にも来てくれましたしね。どえらい台風で大変でしたが…(汗)。

↑自室に飾ってある結婚式の時の写真。友人筋がTOKIOの「Ambitious JAPAN」を唄ってくれてる時の写真。

↑このど真ん中にいるんだもんな…。

近年は私が一足先にその成田さだ研が組織改変してクイズサークルになったとこを昨年6月に辞めて、有志で「岩Q槻」という会を立ち上げたんですが、その会場がその友人の実家の酒屋のビルにあるフリースペースでした。つい1ヶ月半前にも新年会と称して仲間内で集まって馬鹿トークに興じていて、再来週にも2月例会で会う予定だったんですが…。

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あまりに急すぎて実感がまったくわかない…。

その後、スマホに登録されている友人筋に朝っぱらから連絡したのだが殆どの人達は寝てるとこを叩き起こされる形で電話に出て、そして訃報を伝えるとびっくりするのを通り越して皆、絶句しておりました。私も含めて友人筋の大半は10-20年も付き合いのあった連中で、しかも40代50代のほぼ同世代。しかも皆が口を揃えて言ってたのが「一番元気そうなあいつが、よりによって…」と。

ちなみに私は昨晩、岩Q槻のブログの例会参戦記をビデオ見ながら書いてまして、そこに「本人」がいるのですから尚更ですね。正直、何人もの連中に連絡したのですが、全く実感がありません。

しかし思うに、30代に入った頃から毎月会ってるメンバーの「親御さん」が歳を重ねて亡くなられる方が少しずつ増え(私自身も同居してた妻の母が急逝したことがありましたし)、40代に入った頃になってほぼ同世代のゲストプレイヤーの方や周辺の他サークル方面の「ご本人」が亡くなられる…ということが少しずつですがそういう話を聞くようになり、昨年のちょうど今頃、同い年の友人を亡くしてお通夜にいったこともありました。ただこうしてあまりにも身近な人の訃報を接するとは…。

正直、現実味が全く無く「途方にくれている」感じです。

※なお岩Q槻に関しては当面活動休止ということになりました。このまま岩槻の酒屋上のフリースペースで活動を続けていくか、岩槻界隈で別の会場を探すか、都心方面に例会会場を替えるかなどは後日、常連メンバーとの話し合いになると思います。今のところはさすがに今後のことは考えられないですね…。

しかし享年44…。人生の折り返しぐらいの年齢なのに早すぎるにも程がある。

そして「いい奴ほど先に逝ってしまう」という格言が本当だったとは思わなかったですな…ただただ残念です。

改めて、ご冥福をお祈りいたします。