インフルエンザを検査すべきではない時。判断を左右する4%と70%の壁。

インフルエンザの検査をしました。
結果は陰性でした。
インフルエンザは否定されるでしょうか。

この質問を、一般的なお父さん・お母さんにしますと、「いや、インフルエンザは否定できないと思います」と回答されます。

どうしてそうお考えになりますか?と重ねて質問すると、「熱が出てから12時間くらいしないとウイルスの量が少なくて検査で陽性が出ないって聞いたことがあります」と答えます。

まさに、その通りです。
お父さん・お母さんはよく勉強されているなあと感心します。

確かに、熱が出てすぐにインフルエンザ検査をしても陰性だったのに、翌日もう1回インフルエンザ検査をすると陽性だったという経験を何度もします。

「2回検査してよかったね」と思うこともありますが、1回目の検査で陰性だったときに「検査結果は陰性だったけれど、私はやはりインフルエンザだと思いますよ。治療してみませんか?」と提案しておけば、1日早い治療につながった上に、痛い検査を2回も受けずにすんだわけです。
検査に振り回されず、治療方針を決めることも時には大切です。

インフルエンザの検査は、「本当はインフルエンザなのに、検査結果は陰性と出やすい」という特徴があります。
これを医学的には「偽陰性が多い」とか「感度が低い」とか「陰性的中率が低い」とか言います。
これが、インフルエンザ検査が現場を振り回す根源です。

今日はインフルエンザ検査のお話をしてみます。

インフルエンザの診断

インフルエンザはどうやって診断されるでしょうか。

インフルエンザの検査をして陽性だったら、インフルエンザでしょうか。
答えは「否」です。
理由は後述しますが、インフルエンザの可能性が0.1%の子どもにインフルエンザ検査をして、結果が陽性だったとしても、インフルエンザの可能性はたったの3.3%です。

インフルエンザの診断は、検査キットでなされるものではありません。
医者が患者さんの症状や経過、周囲の流行状況などを総合的に判断して、診断するものです。

医者は、インフルエンザの検査をしなくても、インフルエンザの診断ができます。
そもそも、1999年にインフルエンザの迅速検査キットが販売されるようになるまでは、インフルエンザは検査せずに診断していました。

インフルエンザ検査の意義

では、インフルエンザの検査は何のためにしているのでしょうか。

日経メディカルで岸和田徳洲会病院の薬師寺先生が「検査キットに振り回されるインフルエンザ診断」という面白い記事を書いています。

記事の内容を簡単にまとめます。

  • 薬師寺先生は、インフルエンザ検査をする前にインフルエンザの可能性がどれくらいあるのか(検査前確率)を考える。可能性を示唆させるのは「体温・筋肉痛・関節痛、上気道症状」そして「インフルエンザの流行状況」とのこと。
  • 明らかにインフルエンザだろうという(検査前確率が高い)患者さんを目の前にしたときは検査をせずに「インフルエンザ」と診断する。
  • インフルエンザと診断するには少し根拠が足りない(検査前確率がそれほど高くない)患者さんに対しては、インフルエンザ検査を補助として使う。

私は、この内容に一部賛同します。

もし仮に検査前確率が90%の患者さんがいたとします。
こういう状況でこういう症状ならば100人中90人がインフルエンザだ!という患者さんです。
このような場合にインフルエンザ検査をしますか?
検査するまでもなく、インフルエンザでしょう。
だって、今回の前提は、90%インフルエンザの患者さんなんですから。

これを検査してしまうとどういうことになるでしょうか。
検査で陽性の結果が出ると、99.7%でインフルエンザと言えます。
検査前が90%、検査後は99.7%ですので、検査の意義はあったかもしれません。
(90%も99.7%も、あまり変わらないとも言えます)

いっぽうで、理由は後述しますが、34%の確率で「本当はインフルエンザなのに検査は陰性」という結果が出てしまいます。

90%インフルエンザなのですから、陰性と出る確率は10%であったほしいですよね。
ですが、検査結果が「陰性」と出てしまう確率は44%です。
陰性的中率はたったの23%であり、残りの77%は偽陰性という「本当はインフルエンザなのに、検査結果は陰性だった」という事態に陥ります。

これでは、検査結果に振り回されるだけです。
「検査をしない」と薬師寺先生がおっしゃる気持ちもよく分かります。

検査に振り回される理由

Ann Intern Med誌2012年のAccuracy of rapid influenza diagnostic tests: a meta-analysis.という論文で、インフルエンザ検査の感度は62.3%、特異度は98.2%と報告されました。

検査の感度は、検査するときの条件で変わってきます。
三田村先生らが2006年に「ウイルス」で報告した「インフルエンザの診断と治療 -臨床症例のウイルス排泄からの考察-」では、感度発症からの経過時間(12時間以上経過しないと陽性になりにくい)、ウイルスの型(B型は見つけにくい)、年齢、発熱の程度、検査手技で、インフルエンザ検査の感度は変わるとされます。

ですが、感度がその時々で変わってしまうと、以下の議論ができませんので、以降はインフルエンザの感度は62.3%、特異度は98.2%と定義して議論します。

感度と特異度がともに100%であれば、検査に振り回されることはありません。
検査をすれば、いつも正しく診断されます。

ですが、残念ながらインフルエンザの検査は、感度も特異度も100%ではありません。
これはインフルエンザに限った話ではなく、RSウイルスもヒトメタニューモウイルスもアデノウイルスも溶連菌もマイコプラズマも、とにかくすべての検査が感度・特異度ともに100%にすることはできません。

検査というのは、とても客観的に見えます。
ですが、いつも正しい結果を示すとは限りません。
間違った結果を示すことがあるため、医者も患者さんも検査結果に振り回されるのです。

検査結果に振り回されないために

どうしたら検査結果に振り回されないようにできるでしょう。

それは、「検査前確率」を常に考えることです。
検査をする前に、どれくらいインフルエンザの可能性があるか考えることが大切です。

感度と特異度については、詳しく説明してもちょっと難しいかもしれません。
私見も入りますが、これだけおさえておいてください。

  • 検査する前のインフルエンザの確率が4%から70%未満のときは、検査は診断に有意義である。
  • 逆に、検査前のインフルエンザの確率が4%未満であるまたは70%以上のときは、検査結果に振り回される。

検査前確率が4%以上あれば、陽性的中率は59%以上になりますので、陽性だったとき「あれ、インフルエンザじゃないと思ってたけれど、インフルエンザだったか……。意外だな」と思うことができます。
また検査前確率が70%までであれば、陰性的中率は53%以上になりますので、もし検査が陰性だったとき「インフルエンザかと思ったけれど、どうも違うのかもしれないな」と思うことができます。

逆に言うと、検査前確率が4%未満のときは、検査結果が陽性でも、インフルエンザとは言いにくいでしょう。
また検査前確率が70%以上であれば、検査結果が陰性であってもインフルエンザを疑うべきです。
それを「あれ、絶対にインフルエンザだと思ったんだけどなあ……」と医者が首をかしげたりなんかしてしまったら……。
お母さんはインフルエンザ陰性の結果を受けて「よかった、インフルエンザじゃないんだ」と思ってしまうかもしれません。
子どもに解熱薬を飲ませて学校に連れていってしまうかもしれません。
学校内での流行、学級閉鎖の原因は、偽陰性に振り回された医者のせいかもしれません。

検査前確率の求め方

インフルエンザの検査をする前に、目の前の患者さんがどれくらいインフルエンザが疑わしいか、考えることがとても重要です。

そうは言っても、検査前確率が4%から70%のあいだにあるかどうかなど、どうやって分かるのでしょうか。

これこそ、医者の臨床能力です。
たくさんのインフルエンザを診ているうちに、「たぶんこれくらいの確率かな」と思うようになってきます。

子どものインフルエンザは、関節痛や筋肉痛を訴える子どもは少ないです。
私は、顔でインフルエンザを疑います。
インフルエンザの子どもは赤ら顔で、目が腫れぼったく、鼻水をぬぐう余裕すらなく、汚い印象を見せます。
目の輝きはなく、やや下の方をぼーっと見ていることが多いです。
喉をみると、それほど赤くなく、咽頭後壁に白くポコポコとした隆起が見えることもあります。

周囲の流行状況も大切です。
「お兄ちゃんもインフルエンザで……」とか「学校はインフルエンザで学級閉鎖になってます」とか、検査前確率を大きく上げる情報です。

検査前確率が70%以上のとき検査すべきか

薬師寺先生は十分に検査前確率が高いときには、検査をしないと言っています。

この点に関しては、私は反対です。

というのは、私は医者として発展途上だからです。
要するに未熟だからです。

私が「検査前確率が70%」と診断したとき、本当に70%でインフルエンザなのかどうか確かめられません。
これを検査してみましょう。
たぶん「陽性」の結果が出るでしょう。
私は自分の診断能力に自信を持ちます。
しっかりインフルエンザの所見を捉えてると安心します。

一方で検査が「陰性」だったらどうでしょう。
陰性的中率は53%です。
つまり、47%の可能性で偽陰性ということになります。
ですから「検査の結果は陰性でしたが、私はやはりインフルエンザを疑っています。インフルエンザの治療を開始することもできますよ」と親に提案するでしょう。

しかし、もし、こういうケースが何度も続き、私が70%はインフルエンザだなと思っているのに検査が「陰性」という自体が5回連続したらどうでしょう。
全部偽陰性なのでしょうか。
47%の偽陰性が5回連続するなんて、たったの2.2%です。
科学的には「起こりえない」とされてしまう確率です。

これは、私の求めた検査前確率が間違っていると思うべきでしょう。
私がインフルエンザだと考えている所見は、インフルエンザではない可能性があります。
自分の臨床能力を見なおすきっかけになります。

さらに言うなら、他の医者の臨床能力は全く分かりません。
薬師寺先生は優秀な救急医なのでしょうが、仮にインフルエンザの検査を絶対にしない医者がいて、その医者が例えば8月に「いやー、季節外れのインフルエンザが流行ってますねー」と言って、信じられるでしょうか。
しかも、その医者以外の医者は「いや、特にインフルエンザは流行していないと思いますけどね……。時々検査してみますが、陽性になったことないですし」と思っている場合はなおさらです。

やはり、検査結果というのは一定の客観性を持ちます。
その地域のインフルエンザは全部私一人で診ているんだ!という精力的な医者には無関係ですが、何人もの医者で分担してその地域のインフルエンザの診療を行っているのだとしたら、インフルエンザ検査は客観的に、その地域のインフルエンザ流行を知るツールとなりえます。

結論

  • 目の前の患者さんがインフルエンザかどうか、検査の前に考えましょう。
  • 確率が4%以上70%未満のときは、検査結果に従いましょう。
  • 確率が4%未満なら検査しないほうがいいでしょう。結果に振り回されるだけです。
  • 確率が70%以上のときも結果に振り回されます。しかし、振り回されるのを覚悟で検査をすることも一考されます。医者の臨床能力の向上につながるためです。

70%以上の確率でインフルエンザだと思う状況でも検査をすべき理由は、自分の診断技術の再確認です。
ただ、検査をされてしまう子どもは、検査結果が陽性でも陰性でも「インフルエンザ」と診断されるので、たまったものではないと感じられるかもしれません。
まさにその通りなので、ある程度自信がつき、「私のインフルエンザの診断能力は熟練の域に達した」と思えたときは、検査前確率70%以上の時は検査をしないほうがいいでしょう。

余談ですが、「私の診断能力は熟練の域に達した」などと言う医者は、大抵自分の力を過信している気がします。
謙虚さを失ったとき、その医者の臨床能力は低迷しています。
もし熟練の域に達しているという医者がいましたら、私に教えてください。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。