子供の咳止めとコデイン禁忌。小児科医が市販薬を考える。

「医者がドラッグストアで薬を買うことなんてあるんですか?」

もちろんあります。
医者もカゼをひきますし、特に小児科医はカゼの子どもと濃厚接触しますから、いくらマスクや手洗いで防御してもいろいろカゼをもらいます。
総合感冒薬はとても使いやすく、よくお世話になっています。

処方箋がなくてもドラッグストアで買える薬のことをOTC医薬品と言うこともあります。
OTCとは「Over The Counter(カウンター越し)」という意味です。
高速道路を利用しやすくするのはETCですが、OTCも気軽に薬を買えてとても便利です。

今日はOTC医薬品の中でも、特に子どもの咳止めについて書きます。
書こうと思ったのは、咳止めの成分である「コデイン」が2019年をめどに12歳未満で禁忌となるからです。

子どもの咳止め

カゼ症状の代表である「咳」。
われわれ小児科医は、かっこよく「咳嗽(がいそう)」と言いますが、同じことです。

子どもは強く咳き込むと嘔吐してしまうことがあります。
また夜中ずっと咳き込んで眠れなかったり、やっと眠れても咳で起きてしまったりして、十分な休息を取れない子どももいます。

子どものカゼ治療には、十分な水分と休息が必要であることをお父さん・お母さんは知っています。
強い咳は、子どもの嘔吐を誘発し、休息の機会を減らします。
子どもの咳を止めて欲しいと思う親は多いです。

小児科医も同じ気持ちで、咳に対するアプローチをします。
アプローチの一つが「咳止め」と呼ばれる薬です。
かっこよく言うと「鎮咳薬(ちんがいやく)」と言います。

鎮咳薬はいくつかの種類に分けられます。
大別すると、咳中枢を抑制する中枢性鎮咳薬と、気管支を拡張させたり喀痰の排出させたりする末梢性鎮咳薬に分けられます。

要するに、脳(正確には延髄)に効くタイプと、気道に効くタイプの2種類です。

さらに脳に効くタイプは、麻薬性のものと、非麻薬性のものとに分けられます。
麻薬性の鎮咳薬が、リン酸コデインまたはリン酸ジヒドロコデインです。

コデイン

コデインは延髄の咳中枢を抑制し、強力な鎮咳効果を発揮します。
そのため、市販されている総合感冒薬にもよく含まれています。

咳止めとして非常に優秀なコデインなのですが、2017年4月20日にアメリカは副作用の危険性から、コデインを含む医療用医薬品の12歳未満の小児への使用を禁忌とすることを発表しました。

コデイン類は肝代謝酵素CYP2D6により、薬効を示す化合物(活性代謝産物)であるモルヒネ及びジヒドロモルヒネ(以下「モルヒネ等」という。)に代謝され、鎮咳等の薬効を示すが、遺伝的にCYP2D6の活性が過剰である者(Ultra rapid metabolizer:UM)では、モルヒネ等の血中濃度が上昇し、呼吸抑制等が発現しやすくなる可能性がある。

アジア人のUMの頻度は欧米人に比べて低いとされ、2012年8月のFDAのDSC6では白人のUMは3.4%~6.5%、2015年12月のFDAの報告書7では白人のUMは1.0~10.0%、日本人のUMは0.5%~1.0%と報告されている。

米国の副作用データベースでは、1969年から2015年の間に世界で64例の18 歳未満の患者での呼吸抑制等のモルヒネ中毒関連症例が報告され、うち24 例が死亡例。なお、全64例7例がUMによる症例で、当該7例中5例が死亡例。また、全24 死亡症例中、21例が12 歳未満の小児の症例。

日本中毒情報センターの中毒110番で、2011年から2015年までに受信したコデイン類含有製剤に関する小児(0~14 歳)健康被害事例の調査結果によると、健康被害が生じたのは故意の大量摂取、不慮の誤飲又は投薬に伴う事故の事例(197 件)であり、状況不明の1例を除き通常のコデイン類含有製剤の使用による健康被害の報告はなかった。

厚生労働省
薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会 資料
(部分的に引用)

この平成29年度第3回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会資料は厚生労働省のサイトから見ることができます。

まとめると、日本人の0.5-1.0%くらいはコデインに過剰な反応をすることがあり、特に12歳以下ではコデインで呼吸が止まってしまう危険性がありますが、少なくても日本では今のところコデインの通常使用で健康被害の報告はないということです。

日本での健康被害の報告はありませんが、アメリカの動きを受けて、日本でも子どもへのコデインを予防的に制限する動きが出てきました。

厚生労働省は2017年5月16日から子どもに対するコデイン投与について検討を開始し、2017年6月22日に次の発表をしました。

医療用医薬品・OTCとも、当面は、原則12歳未満の小児への使用を行わない旨の注意喚起を行いつつ、製造販売業者からの12歳未満の小児用量を有する製剤の用量削除又は配合変更のための製造販売承認の一部変更承認申請等や12 歳未満の小児専用製剤の販売とりやめ等の対応を進める。申請までの経過措置期間は平成30 年末までとする。

厚生労働省
薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会 資料

要するに、2018年までは移行期間、2019年からは12歳未満にコデインは禁忌ということになります。

コデイン禁止による小児医療の影響

子どもはよく咳をします。
咳止めの薬であるコデインが使えなくなって、小児医療の現場は混乱しているでしょうか?

実は私はコデインを1度しか処方したことがありません。
処方したのは中学生だったと思います。

コデインが使用できなくなっても、少なくても私には全く影響がありません。

コデインなどの麻薬性麻薬性鎮咳薬は延髄の咳中枢を抑制し強力な鎮咳効果を発揮するが、呼吸抑制作用や気管支平滑筋の収縮作用、さらに薬剤依存性が報告されているため、小児(とくに乳児)への使用には注意を要する。

小児科診療2011年5号P755-758

 

気道に、空気以外の余計なものが入らないように防ぐのが咳の役割である。咳が出なければ容易に肺炎になるし、肺炎が治りにくくなるので、咳をむやみに抑えてよいわけではない。
(中略)
一般に肺炎、気管支炎、気管支喘息などの痰が絡んだ咳については、これを抑制するとかえって病状を悪化させるおそれがあり、強力な麻薬性鎮咳薬は原則として使用しない。

小児科診療2014年11号P1394-1397

小児科診療に限らず、多くの小児科関係の本でコデインの使用について注意が必要であると書かれています。
日本小児呼吸器学会の「小児の咳嗽診療ガイドライン」においても、コデインの安易な使用は推奨されていません。
日本小児科学会もアメリカに準じて、日本でもコデインを規制すべきだとという意見書を提出しています。

日本でコデインを処方する小児科医はほとんどいません。
(少なくても私が知る限りでは)
ですから、コデインが12歳未満で禁忌になっても、小児医療の現場で混乱が起きることはないと思います。

市販薬におけるコデイン

小児科医の多くがコデインを処方しません。

いっぽうで、市販薬はどうなのでしょうか。

「子どもの咳止め」としてドラッグストアで売られているOTC医薬品を見てみましょう。

アルペンS こどもせきどめシロップ イチゴ味 120ml

生後3か月から服用できると書いてあります。
ジヒドロコデインリン塩酸塩を含みます。

ムヒのこどもせきどめシロップS

生後3か月から服用できると書いてあります。
ジヒドロコデインリン塩酸塩を含みます。

こどもパブロンせき止め液

1歳から服用できると書いてあります。
ジヒドロコデインリン酸塩を含みます。

以上のように、市販の咳止めにはコデインが含まれているものがありました。
ここには挙げていなくても、コデインを含む総合感冒薬はたくさんあります。

これらは2018年度中に12歳未満には使えなくなる予定ですので、添付文書の書き替えなどメーカー側は対応が大変だろうと思います。

非麻薬性の咳止めならいいのか?

いっぽうで、コデインが含まれていないことを売りにした咳止めもたくさんあります。

非麻薬性の咳止めとしては、ヒベンズ酸チペビジン(商品名アスベリン)、臭化水素酸デキストロメトルファン(商品名メジコン)、リン酸ジメモルファン(商品名アストミン)、塩酸クロフェダノール(商品名コルドリン)、ペントキシベリン(商品名トクレス)、クロペラスチン(商品名フスタゾール)、グアイフェネシン(商品名フストジル)、塩酸エプラジノン(商品名レスプレン)などいろいろあります。

コデインが含まれていないこれらの咳止めは安全なのでしょうか?

これは私個人の意見であり、いろいろな小児科医の意見のごく一部と思ってくださると嬉しいのですが、私はやはり必要な咳は出ているほうが、肺炎を防げると信じています。
中枢神経に働きかける咳止めで、安全だと私が確信しているものはありません。

さらに言うなら、そもそもアスベリンを処方しても、子どもの咳が改善されたという印象を持ったことが(私の経験では)ありません。
「アスベリン+去痰薬」と「去痰薬単独」とで子どものQOLがどう変わるのか比較検討した論文があれば、ぜひ教えて欲しいです。
(アスベリンとプラセボの比較は、倫理的に難しいと思いますし、臨床的にも鎮咳薬を単独で処方するケースはほとんどないと思いますので、去痰剤はベースとしてあったほうが臨床に即したスタディになると思います)

咳を和らげてあげるには、カルボシステインなどの去痰薬や、ツロブテロールのような気管支拡張薬、適切な鼻汁吸引の方法を指導すること(鼻水吸引ドットコムというサイトがおすすめです)、加湿、水分補給などが大切だと私は思っています。

上記の理由で、私はコデインはもちろんのこと、非麻薬性の中枢性鎮咳薬も処方することは滅多にありません。

まとめ

子どもの咳止めについて考えてみました。

12歳未満に対してコデインはこれから使用できなくなりますが、もともとコデインに対して注意を払っていた小児科医にとっては大きな問題はありません。

いっぽうで、市販薬の咳止めの一部にはコデインが含まれており、こちらの対応のほうが問題となると推測します。

今回使用が制限されたのはコデインでしたが、コデインだけが危険な薬かといえば、そうではないと私は思っています。
非麻薬性の咳止めにも注意が必要です。

「乾いた咳であれば止めてもいい」という考え方もあります。
ですが、最初は乾いた咳であっても、2-3日もすれば湿った咳になってくるカゼというのは、小児科医であればよく経験するでしょう。

咳に苦しむ子どもを少しでも楽にしてあげたいという気持ちは、親も小児科医同じです。
ですが、コデインがまもなく使用禁止となるという出来事をきっかけに、今一度咳止めについて考えてみるべきなのではないでしょうか。
少なくても、「カゼをひいているので咳止め」という安易な発想からは脱却すべき時だと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。