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株式会社SEES.ii

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2017.03.04
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全話 一覧

―――――

 午後12時――。
 女は、ついさっき――彼に、今が12時であることと、これまでの走行距離が
93㎞であることと、そして――「……あなたを愛しています」ということを告げた。
嘘ではなかった。
 彼は目を丸くし、女にちらりと視線を送ったが、決して走るのを止めようとはしなかった。
ヘッドセットのマイクを口元へ寄せ、スイッチを入れ、少し震えた声で『……ふざけるな』
と言った。彼が凄まじい怒りに震え、今すぐにでも自分に襲い掛かり、私の顔を殴りつけ
ようとしているのがわかった。
『なぜだ……どうしてこんなことをする?こんな……何の意味のないことを……』
 きっと、彼の心の中には様々な思いが渦巻いていることだろう。怒り、戸惑い、焦り……
しかし、なぜかは知らないが――彼からは不安や恐怖はあまり感じることができない。
たぶん、このレースには絶対に勝てると確信しているのだろう。それが、女には少し不快だった。
「……理由ですか?」
 女はトラックを走る男の顔は見ず、足元に置かれたバックからペットボトルの水に手を伸ばした。
フタを開け、少量を口に含む。髪が風になびき、女の美しい顔が日に照らされた。
「理由は先ほども申し上げましたが……まあ、ただのイタズラですよ、イ・タ・ズ・ラ」
『イタズラ?』
 彼の声がかつてないほど震え――まるでCF1が傾いたようにも見えた。
「好きな子にはイジワルをしたくなるものです。たとえ私が女の子でもね」
 彼は口をつぐみ、一瞥もくれることなく、黙々とペダルを踏み続けた。ここで私に
怒鳴り散らすのはダメだと、自分に言い聞かせたようにも見えた。
 女は言葉を続けた。
「……私はこれまで何人もの男性に愛を告白され、その度に思いました……この人の
『愛』は、いったい、どれほどの価値があるのだろうか?と。この人の『愛』は、
いったい、何の役に立つのだろうか?と……。私にとって、彼らの『愛』は、何の
意味があるのだろうか?と……。結果――、彼らの『愛』とは私の知る……私が知識として
知っていた『愛』とは違った……くだらなくて、汚らわしくて、いじきたなく、何の価値も
ないゴミのようなものでした……。私は考えました……では自分はどうなのだろうか?
と。自分が人に与える『愛』とは、いったい、どれほどの価値があるのか?と……」
 トラックを疾走する彼が、私をじっと見つめているのがわかった。
「……あなたに……愛されたいとは言いません……愛して欲しいとは言いません。ただ、
最低限、確かめたかっただけ……」
 女はそう言って、微笑んだ。「私の愛を、私が愛するに値する価値があるのか、
あなたにその資格があるのかどうか――それが知りたいだけ……」
『………そんな風に……人の愛を損得だけで判断する……そんな価値観が、アンタ、
正しいと思っているのか?』
 彼は吐き捨てるように、軽蔑するかのように……そして、憐れむように言った。
 女は彼を見つめた……あの、純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、
雨の中に放り出された子供のような――悲しい瞳をした男を……。
 女は、彼を愛おしく見つめ――改めて、彼が欲しいと思った。こんな風に言ってくれる男は、
父親を含めて……そう、誰ひとりいなかった。
 そうだ――これが欲しいのだ。女は思った。自分を下にも上にも置かない、
まるで海の果ての地平線のような――純粋で、無垢で、嘘の無い、ありきたりな……言葉。
そんな彼の言葉を受け……私は、また――下腹部が熱くなるのを感じた。どうしようもなかった、
どうしようもないほど、彼が愛おしくて愛おしくてしかたがなかった。
 
 女は――かつて、自分に愛を告げた、名前も顔も覚えていない、まるでゴミのような
男たちが……自分に対し抱いた欲望の本質を知った。蹂躙し、嬲り、犯し、破壊したい……
それが本能というもの、なんだろうなと……今、この瞬間――思い、至った。
 負けるわけにはいかない……。
「……ロードレースにはアクシデントがつきものです。どうです?少しだけ、CF1を
痛めつけてもいいですか?」
 ……何が何でも――何をしてでも、彼を自分だけのものにしなければ気が済まなかった。

―――――

 ……あなたを愛しています。
 
 カーブに入りシフトチェンジ、ブレーキの使用を最小に抑え、インコースを的確に捉える
ハンドリング、アウトコースからまたすこしずつインコースへと戻り……ひたすらペダルを
踏み続ける――繰り返し、繰り返す……。
 あの――女が彼に告げた言葉について、エルは考えることをやめていた。頭のおかしい人間の
言葉など、聞く耳すら持とうとは思わなかった。
 ――動くこと。走ること。ひたすら前へ進むこと。進む。進む。進み続ける。
 まるでそれが自分に与えられた使命……いや、少し違う。これは本能からのものだ。
エルは思った。ランナーがゴールを目指し走るように、エルは100㎞向こうにあるゴールへ
向かって走り続けた。
 ――動くこと。走ること。ひたすら前へ進むこと。進む。進む。進み続ける。
 あの女が誰を愛そうと関係ない。あの男の愛はすでに私のものなのだから。ならば、
私もその愛に応えたい。そのためならば、何もかも、命すらも惜しくはない。これも、
女として生まれた……私の本能の部分かもしれないな……。
 ――動くこと。走ること。ひたすら前へ進むこと。進む。進む。進み続ける……そして、ふと
……あの、純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、雨の中に放り出された
子供のような――悲しい瞳をした男を見上げた。初めて会った時と変わらない、
今も不安げな表情でペダルを踏んでいる。……心が熱を帯び、フレーム全体の熱が――
狂おしそうに上昇していくのがわかる……。
 そう――どうしようもなかった、どうしようもないほど、彼が愛おしくて愛おしくて
しかたがなかった。
 
 今思えば、あの女が危険極まりないヤツということは、初めからわかっていたのかもしれない。
あの視線に込められた、ケダモノが他の小動物を狩るような……そんな生ぬるいものでは
ないな……あれは――ただひたすらに獲物を蹂躙し、嬲り、犯し、破壊する欲の塊……
社会という檻から解放されれば、どんな汚いことでも平然と行う外道……そんな女に、
彼を渡すわけにはいかなかった。
《クローバー》のエンブレムが、彼を守れと教えてくれる。どういう意味かはわからないが、
彼は『資格』を得たと教えてくれる。彼をエルネスト様のところまで運べと教えてくれる。
それが、私――、エル――、CF1――に与えられた新たな使命であると教えてくれた……
そんな気がした……ん……それも少し違うな。
 エルは――エルもまた――素直で純粋な、本能的な感情だけで、心を満たした……。
 負けるわけにはいかない……。
 ……何が何でも――何をしてでも、彼を自分だけのものにしなければ気が済まなかった。

―――――

 午後12時30分――。
 折り返し地点。走行距離は112㎞。残り3時間30分で88㎞の距離を走れば、
彼の勝利であり、私の敗北が決定する……彼が無事に走り切れれば、の話だが。
 女は笑った。楽しみで楽しみでしかたない。これからが本番なのだ。これからが真骨頂なのだ。
彼はどこまでCF1を守り抜けるのか?……CF1はどこまで彼を支えられるか?
……ああっ、楽しみっ、最高っ!
「……ロードレースにはアクシデントがつきものです。どうです?少しだけ、
CF1を痛めつけてもいいですか?」
 彼は一瞬だけペダルを踏むのを止め、私の顔を一瞥する。インカムから、『……どういう、
こ……なに?……』と聞こえるが、もう――関係はない。これは問いではなく、
報告なのだから。
 女はスマホの液晶からアプリを起動させ、パネルに一瞬だけ触れた。
 直後――どこかで、苦しげに呻く、若い女の絶叫を聞いた気がした…………。

―――――

 パートfに続きます。






 想定外に長くなりすぎましたので、少しだけ整理します。
 ブログの字は大きい方が良いですかね?特にこだわりはないので、
良い形があれば教えてもらえると幸いです。誤字脱字もあるかも、すいません。
 話はこれ以上膨らませないよう工夫しましたが、非論理的な展開になってやや消沈。
もう少し練りたいと思いましたが、まあ……いっか。今回字数4800くらい?少なめですが、
まあキリの良いところ、ということで……。
アドバイス・感想あれば、ぜひコメントを。でわでわまた次回(少し間空くかも、仕事が……)、
よろしくデス。
 私なんぞに不相応かつ、多大な応援……感謝します……。

↓本日のエンディング――あ~最高。
神のまにまに
↓本日のオススメ――Bonnie Pinkさん。seesがオススメする最高の歌手。

こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

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Last updated  2017.05.04 23:25:08
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