『今週は過去記事の再掲ウィーク。今回は第五弾!』
三十代の時、初めてミステリー小説を書き上げた。
なんで小説を書く気になったのかというと、サラリーマンの給料収入でコツコツ働いている自分がたまに嫌になって、印税生活という道に憧れを持っていたからだ。
小説なんて自分に書けるわけがない。
ずっとそう思っていたが、そういう固定観念が出来るものを出来なくしているのではないか。
まず、書いてみようとパソコンに向かったら、意外とキーボードを叩くことができた。構想などないが、思いつくまま物語を進めていく。
登場人物に知人の名前を付けると、なんとなくキャラが決まっていくのだ。
その知人が、また違う知人を殺したりする。
これは思った以上に面白い作業だと気づく。
とにかく読む人を楽しませる。それをテーマに書き進めていく。
中盤までくると、最初の設定と食い違う場面が度々出てくる。
それを何度も修正しながら、なんとか形になるものが出来そうだった。
途中までのものを何人かの知人に読んでもらうと、そこそこ面白いという評価だったので、この際、賞に応募することにした。
江戸川乱歩賞ならば、賞金が一千万円、その後の小説家として大きく羽ばたくチャンスを得られる。
いきなり処女作で作家デビューなど虫のいい話だと思うが、ちょっとその気になっている虫のいい自分がいた。
応募要項を見て、作品のページ数や、応募時期などから考えると、光文社の日本ミステリー文学大賞新人賞というのが良いのではないかと考えた。
賞金は五百万円、審査員には有名ミステリー作家が何人か列挙されている。
相手に不足はない。
この賞に照準を合わせ、応募締め切りに間に合わせるべく物語を仕上げていく。
そして大作が完成。
主人公の高校時代のクラス会が十年ぶりに開催される。
なぜか、その日からクラスのメンバーが次々と殺されていく。
必ず殺人現場には、次の犯罪予告を示唆したメッセージが残されていて、「わくわくクラブ」という名前が最後に書かれていた。
「わくわくクラブ」とは、IQの高い者だけで構成されている犯罪ゼミのことであり、チームごとに考えた完全犯罪を発表し合い、どのチームの犯罪がより完全か、より壮大かを競い合っていた。
そのゼミのメンバーには、高校時代に主人公のクラスと過去に大きな因縁を持つ者がいた
・・・・・・というような話である。
原稿を茶封筒に入れて、出版社に郵送した。
さてどんな結果が出るのか、夢の印税生活の第一歩となってくれるのか。
わたしは期待を膨らませた。
発表は小説宝石の誌面上で、そこには、第一次審査通過者、第二次審査通過者が同時に発表されることになっている。
第二次を通過したものから、後日グランプリが選ばれるのだ。
そして、いよいよ予選通過者の発表。
小説宝石を購入して、恐る恐るページをめくる。
発表のページが現れた。
日本ミステリー文学大賞新人賞、第一次及び第二次予選結果発表のタイトルの下に十数名の名前が書かれている。
あった!
そこには、わたしの名前と作品名が確かに載っていた。
「信じられない! 本当にあった」
自分の名前を見た時の感動というか、衝撃はいまでも忘れられない。
これで、わたしも印税生活の扉を開けるかもしれないのだ。
有頂天になりかけたその時、
「ん?」
そこであることに気付く。
名前の印字がなにやら太くなっていたり、細くなっていたりする。
「これはどういうこと?」
よく読むと、応募総数 約150編中、第一次通過作品が19編、第二次通過作品はそのうちの9編となっていて、第二次通過作品は太字になっていると書いてある。
わたしの名前と作品はというと・・・・・・
「細字やないかい!」
わたしの作品は第一次予選を通過したが、第二次予選は落選していたのだ。
天国から地獄とはこのことではないか。大体、第一次と第二次を同時に載せるって・・・
第二次落選者十名の気持ちを弄んでいるとしか思えなかった。
結果は結果として受け止めるしかない。
しかし、よく考えれば、一応処女作で第一次予選の19編に残ったのだ。
これは快挙と言っても過言ではない。
喜んでもいい結果ではあるが、やはり悲しい。
まあ、作家としてのポテンシャルを秘めているということで、自らを納得させ、とりあえず今後も書き続けてみようと思うわけであった。
それから数か月後、改めて自分の作品を読み返してみた。
顔面が真っ赤になっていく。
なんだこの作品は? 文章が稚拙過ぎる。
ミステリーではタブーの手法を平気で使っている。
何かの伏線のような表現があるが、どこにも繋がっていないなど、よくこれで第一次予選を通ったものだなと恥ずかしくてたまらなくなった。
もっと小説を勉強しよう。
その後、さまざまな小説を読み耽るうち、わたしはどんどん落ち込んでいった。
「やっぱ、小説家ってすごいな!」
発想がすごい、取材力がすごい、表現力がすごい。
今更気付くことではないが、素直に小説というものをなめていた自分に気付いた。
何が印税生活だ。
そして、地道にサラリーマンとして生きることこそわが道と、作家の夢を断念しようとする自分がいる。
よく「夢をあきらめるな」という成功者からのメッセージを聞いたりする。
「ふん、いいな、夢を掴んだやつは」と鼻を鳴らしたりするが、その都度、「くそ、また書くぞ」と気持ちを奮い立たせている。
あれから数十年、わたしの今後の「書く気」に乞うご期待。
※この記事は2月11日に公開した記事を再掲したものです。