sweet cider 56











アップルティーを一口飲んだ。
東山が淹れてくれるものは、いつも私の心を落ち着かせてくれる。


今頃…


カップをソーサーに置いて、ベランダに出た。
見上げた空は澄んで、星が輝いてる
飛行機がその星の間を、小さな光を点滅させながら上空を飛んでいった


あの飛行機にひょっとしたら…


大野さんは、メイさんに会いに行ったかな…。


あの日のことは、公にはならなかった。
あの人たちは捕まったけど、全部、内密に警察の上層部しか知らない話で進んだはず。
メイさんもあの人達も、もう東京にはこれない。たぶん一生監視が付く。それは…、相手が私だったから、…そして東山が出て来るほどのことだったから。


私が二度と会いたくないと望んだ。


あの日あの時に、感じたメイさんの想い。確かに感じた。でも、色濃く私の中に残る恐怖が日に日に増して、メイさんを許すことができなかった。
両親には、メイさんが勝手に憂さ晴らし程度に及んだ事のようにきっと東山が話してる。大野さんのことは話に出ていない。
だから、メイさんの大野さんへのことは、どこにも残ってない。
残さなかった…。


私は、そんなにいい人間じゃない


自分がこんなにも人を許せなく思う人間なんだって思い知った。
結果的に一番使いたくなかった、"東城"の力を使うことになっても、止めることはしなかった。


肌に残る、あの粘着質な感触。メイさんの私を見ない目。それなのに強い憎しみの目。


夢にみて、深く眠れないでいた。目が覚めると汗びっしょりなのに、体が冷たくて…


今、目を瞑ると、違う感触が重なって蘇る。

腕の痣を指でなぞる
浮かぶのはふわりと触れる唇
耳も首も、柔らかな感触に体が熱くなる

赤く色づいて、ドキドキと胸が響く

あのまま、大野さんの胸に溺れたくなった。なにもかも全て消してくれそうな気がした。

でも、メイさんのことを伝えないまま、それはしたくなかった。








ーーー

「お疲れさーん」

カチンとグラスを合わせて、オリーブを口に運ぶ。


「んー、んまっ。ビールとオリーブも合うよな」
「そう?私はコレとオリーブの組み合わせが一番好き」


グラスを目の上で掲げた


「それって、ここのオリジナルだよな。『Spring soda』お前のカクテル」


グラスを指差して、その指を私に向けた。


「別に私だけのじゃないし」
「でも、東山さんがお前のために作ったカクテルだろ」
「むふふ、そう」
「なんだよー、なにげに超嬉しそうじゃん」
「だって、自分のイメージのお酒って、なんとなくすごくない?」
「いいなー、俺も作ってもらおうかな?」
「東山に?」
「うん。変?」
「ぶっ、ぷぷぷ。いいんじゃない」


風磨とはあれ以来、東山の店、Springで飲んでる。
どちらが決めたわけじゃなくて、自然とそうなった。


「この前さ、ロケで長野行ったんだよ」
「ふーん、長野?」
「あそこってさ、青森の次にリンゴが有名なんだな」
「あ、そうだね。長野もリンゴ浮かぶ」
「そのカクテルのせいか、リンゴってゆーと、春海が浮かんだ」


その時のリンゴでも思い出してるのか、ちょっと遠い目をしてる


「ふふふ、リンゴみたいにかわいい?」
「ぶっ。リンゴみたいにかわいいってあんま例えないよな?ははは」
「うん。なんか昔の歌っぽい」


はははっ、と笑った後に、


「でもさ、リンゴみてお前思い出したの、たぶん俺だけじゃなかったよ」
「えっ、他にもいたの?」
「うん…、なんかすっげー、愛おしそうにリンゴみて微笑んでた」


風磨がグラスを両手で包み込みながら、すごく優しい顔でそれをみてる


「大ちゃんに、最近会ってる?」
「……えっ」


いきなり出た名前に戸惑いながら


「会って… ないよ」


私の部屋に来たのを最後に、大野さんからは連絡がなかった。
私からも、連絡はしてなかった。


「そっか。… もう会わないの?」
「会うも、会わないも… それほど仲が良かった友達ってわけでもないし…」
「でも、あの人が助けてくれたじゃん」
「……。」
「って、ごめん。余計なことだよな。… でもさ、やっぱ向こうからは連絡しにくいかなぁと思って」
「なんでよ。なんで私が連絡しなきゃならないの?会いたかったら連絡してくればいいじゃない」


ポイッとオリーブを口に放り投げて、グラスを傾けた


「ぷっ、ははは。出たよー。こんな時こそ、気が強いのな」
「そんなことない」
「じゃ、会いたくないわけじゃないんだ?」
「べつに。会いたくないなんて思ってないし。ただ連絡がこないだけ」
「ふっ、ふふ。わかった、わかった」


風磨が口で手を隠して、素直じゃないって言うみたいに笑う。


「ちょっと、トイレ行ってくる」


昔っから風磨にはなんでかバレる
色んなことを見透かされてるみたい。
なんでもわかってくれるのは、居心地がよくて、時にバツが悪い。


トイレで赤くなった顔をなんとか落ち着かせて、席に戻った。


いつの間にがグラタンが来ていて、風磨がアチアチっと頬張ってた。


「おひぁえり〜。これ、うまっ」
「ふふふ、よかったね〜」
「あ、そうそう。これから来るってさ」
「?… 誰が?」
「大ちゃん」


はっ?大野さんが来る?


「な、な、なんで?呼んだの?」
「ん、ちょーど今誘いが来て。…だから呼んだ」
「なんでそんなこと」
「べつに会いたくないわけじゃないって言ってたし、いいかと思ったけど…、やっぱ嫌だった?」
「や、嫌じゃないし。べつに、関係ないし」
「ぷっ、ふはは、ならいいよね。関係ないなら、余計にね」
「いいよ。べつに」


風磨はグラタンを頬張りながら、笑いをこらえてる。

な、なによ。風磨ったら、なんかわかってるみたいな顔しちゃって。


横を向いて、カクテルを飲みほした。
東山におかわりを告げて、しばらくしたら大野さんが来た。


すっごい早い!


風磨も驚いた顔して笑ってる。
車で来たはずなのに、何故が肩で軽く息をしてて…

それなのに、私の顔を見た途端に急にしおらしくなる姿に、思わず私も声を出して笑った。