ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

雛の家

2018年02月17日 | 俳句

 昨日は午後から用事が出来たので、俳句教室を午前中に変更して行いました。

 オリンピックのフィギュアスケート男子のSPが9時過ぎから行われる…羽生選手の復活を是非見たいと気にはなってもこればかりは仕方がありません。とにかく頑張ってほしいです。

 今回の兼題は「雛祭」、春の季語です。3月3日に女児の息災を祈って行われる行事で、古くは桃の節句、雛遊びなどといいました。桃の節句はもとは五節句(1月7日=人日・3月3日=上巳・5月5日=端午・7月7日=七夕・9月9日=重陽)の一つ。雛に桃の花を飾り、白酒・菱餅・あられなどを供えて祝う。人形(ひとがた)で身体の穢れを祓い川に流した上巳(じょうし)の日の祓の行事に、雛遊びの風習が習合したもので、江戸時代から紙雛にかわって内裏雛が多く作られるようになり、豪華な段飾りへと発展したものです。

  草の戸も住み替る代ぞ雛の家

 芭蕉の有名な句です。「草の戸」は粗末な家の意味で深川の芭蕉庵のこと。芭蕉は今まで住んでいた家を明け渡して、また旅に出ます。つまり『奥の細道』の旅ですが、今回はみちのくへの旅ですから、死をも覚悟して出発したのです。だから芭蕉庵へ戻るつもりもなく、また、戻れるという保証もありません。その覚悟の程が住処を他人に譲るという行為になったのかも知れませんね。「この粗末な家もいよいよ住む人が替わる時がきて、今度は普通の家庭人で女の子もいるようだ。ちょうど雛の時期なので飾ったりお祝いをしたるするのだろう…」そんな意味の句です。

 この時芭蕉46歳、自分の人生を振り返ってみた時、多少は平凡な家庭の幸せに憧れる気持ちがあったのでしょうか?恐らくそんなことよりも未だ見ぬ土地への期待の方が心から離れなかったのではないでしょうか。だから芭蕉は、奥の細道から無事に戻った後もしずかに余生を楽しむという生き方はしませんでしたね。次の句は、大阪の門人の屋敷で「病中吟」として、息を引き取る4日前に詠まれたものです。

  旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

 この句が事実上最後の句となりますが、病の床で芭蕉は、「なほかけ廻る夢心」か「枯野を廻るゆめ心」とすべきかと、推敲して思案したそうです。スゴいですね~。まさに〝俳諧の鬼〟ですね。皆さん、芭蕉を見倣いましょう!

 句会が終って、午後スマホでSPの結果を見ると、羽生1位、宇野3位と速報が出ていましたので、ホッとしました。明日のフリー頑張れ!日本中が応援していますよ。…と書いたところで…昨日は寝てしまいました。

 今日も句会ですので、これを仕上げて、出掛けます。今第3グループですので、最終組の様子は残念ながら見られません。ただ健闘を祈るばかりです…と書いたのですが、写真がありません。そうこうするうちに時間切れ…帰ってから仕上げます。

 句会途中で、羽生1位、宇野2位という速報が入り、みんなで拍手をしました。オメデトウ!

 写真はやっと咲いた我家の梅です。枝を切りまくったので少ししか咲いていませんが…、やっぱりボケました。ゴメンナサイ!

 


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