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今朝 AM 7:00 の朝日に映えるキャンパスの森。

もう汗ばむ季節ですね。

教授室に着くやいなや、下着のシャツを脱ぎ、冷たく絞ったタオルで体をふき、着替えてから すぐ仕事。


ジャーナルの編集、学会のプログラム、招待講演の推薦、次回幹事会の資料などのメール仕事を次々とこなし、あっ! と時計を見るともう10時。


 諸学会の運営業務をこなすだけで、朝の貴重な3時間がとられてしまったのだ。


慌てて研究室のゼミにかけつけ、それが終わってもう12時のお昼。


結局、AMはまったく論文を書けなかった。



僕だって学者のハシクレだから、柄にもなく

 「学問の発展にこの身を捧げよう」
 
 とは、2%くらいは思っています。




しかし、だ。


「(組織としての)○×学会だとか△□協会だとかの発展に、この身を捧げる」 気など、さらさらない。






だいたい、何でこんなに学会が多いのか。




僕は、根無し草の風来坊生活が長かったものだから、あちこち異動してきたが、
異動のたびに渡世の義理が生じ、
特に関心も関係も恩義もない学会に入らされてきた。



今や、年会費だけで10万円近い。



人によってはこの会費を自腹で負担している方も少なくないと聞く。



僕なら気が狂うよ、
だって生命保険の毎月の100円、200円のオプションにだって神経尖るのが人生なんだから。




そうやって、文字通り滅私奉公した学会が地元で大会でも開催されようものなら、
やれプログラム委員だ、会場係だ、偉い人の送迎だのに駆り出され、挙句の果てに

 「実行委員は必ず懇親会に出るように。

  もちろん、その費用は自己負担です。」


 などと無茶な命令をされ、7000円とか8000円を払わされ、見たことも聞いたこともないような学者にビールをついでまわらねばならない。







 いいかげんにせえよ、ワレ!!!





 こうして、時間、神経、エネルギー、フトコロの全てを犠牲にして開催した学会大会に、それほどの意義があるとは、どうしても思えないのだ。





 学会とか協会なんて、はっきり言えば 
今の半分、いや、2/3くらいは要らないのではないか??





 おおよそにおいて、学会作って学会賞を創設して、それを自分に授与させるだとか、学会長に収まりたいだとか、
要するに何やら ホリゾンタル・ストライプの、いや、

 よこしまー な動機によって 創設された学会とかではないのか?


 PMは学生実験。

 今の3年生たちはなかなかユニークで、ケアしてるのが結構楽しい。


 もう夕方だ。

 ようやく論文が書ける。



 とはいえ、今日はスーパーの特売日(明日が定休日なので、火曜日の夕方から生鮮食品が投げ売りになる)なので、早めに駆け付けようっと。


 ☆G先生、拍手コメありがとうございます。

  そうですよね、研究死んでて、教育は抜群という人は見たことないです。

 
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