神戸電鉄沿線にあるお城巡りをした先日。
元町(神戸のですよ)でリーズナブルなランチを食べた後は、地下鉄海岸線に乗って移動。
中央市場前駅で降り、駅から歩くことおよそ5分・・・お目当ての碑が見えてきました。
兵庫城跡碑です。
石碑と案内板のみでしたが~
兵庫城は、有岡城の戦い、花隈城の戦いで荒木村重を討伐する際に活躍した池田恒興が築いた城。
もともとこの地は兵庫津があった場所で、平清盛が遷都とした福原京がありました。
しかし本能寺の変後に羽柴秀吉と柴田勝家により争われた賤ヶ岳の戦い後、恒興はわずか2年で大垣城に移封となり、兵庫城下は秀吉の直轄地となり片桐且元が代官として入城しました。
現在遺構はほぼ失われており、中央市場付近が当時の城址と考えられているそうです。
福原遷都は1180(治承4)年6月のこと。
約170日間と言う短い間だったようですが、ここが一時日本の首都だったのですね~
兵庫城
兵庫県神戸市兵庫区中之島
兵庫運河がいい雰囲気~
神戸市兵庫区のシンボル・キャラクター、ハートンが描かれていました。
区政の基本方針である「やさしさと思いやりのまち 兵庫」を表しているそうですよ。
こちらは、清盛塚。
清盛橋のたもとにそびえる十三重の石塔(県指定文化財)。
平清盛墓と伝えられてきたが、発掘調査の結果、墳墓ではなく供養塔である事がわかったそうです。
清盛塚
神戸市兵庫区切戸町1-3
さらにぶらっと歩いていると、なにやら気になる文字が。
こちらは萱の御所跡だったようで、碑が建っていました
現在は薬仙寺と言うお寺になっているようです。
薬仙寺は天平18年(746)に行基が開山したと伝えられているお寺。
境内には清盛の邸宅で、清盛が後白河法皇を幽閉した萱の御所の跡碑があります。
後醍醐天皇御薬水 薬師出現古跡湧水
説明板によると・・・
元弘の乱によって隠岐島に流されていた後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)が、正慶2年(1333年)に島を脱出して還幸の途中、兵庫の福厳寺で病床に伏した。その際、当時の住職がここの霊水を薬水として献上したところ、たちまち快癒したことから、「薬仙寺」の号を賜った。
本堂も立派なお寺でした。
薬仙寺
兵庫県神戸市兵庫区今出在家町4丁目1-14
地下鉄和田岬駅から徒歩10分