自分に合う神社の見つけ方。 | 【 天国おじい 】

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スピリチュアルを現実的に解説する「死んだ祖父:天国おじい」が語った教えを紹介しているブログ

数年前に伊勢志摩サミットがありましたが、各国の首脳と共にとんでもない人数の政府要人(スタッフ)がやってきました。スタッフの中では各々シフトでオフの日が決まっており、オフの日は「どこどこに行きたい」というリクエストがあれば、それに対応する必要もあります。

 

私はアメリカの要人のサポートをしましたが、あるオフのスタッフから「伊勢神宮には行ったが、名古屋にイチバンの神社があると聞いたので、そこに行きたい」と言うのです。私はすぐに「それだったら熱田神宮だろう!」ということで熱田神宮に連れて行ったのですが、着いて境内を歩いていると、スタッフの一人が「ここじゃない」と言い出したのです。

 

そこで彼は、仲間がフェイスブックに投稿している写真をスマホで見せてくれたのですが、そこには「真清田神社」が。

 

「あ、そういうことね」と思った方も多いと思いますが、真清田神社は尾張の一の宮です。どうやらその仲間を真清田神社に連れて行ったサポーターがちょっと詳しかったのでしょう。「一の宮」という意味で「イチバンの神社」という話しを彼は仲間から聞いていたのですね。

 

たしかに、伊勢神宮も熱田神宮も一の宮ではありません。理由には諸説あり、その真贋や正誤云々をここで書くつもりはないですが、そうなると「一の宮」と「二の宮 or 三の宮」だったら一の宮のほうが効力があるのかな?という疑問も出てくるかもしれませんね。おじいは「神社が好きだったら、自分の感覚で「相性が合うな」と思う 自分なりに心地よさを感じれる神社がイイ」と常々言います。

 

なぜなら、神社は自分の気持ちをリセットして意識を整える場所であり、森羅万象(自然界)のエネルギーがそうさせるんだ。(日本の)神様とは、森羅万象のエネルギーを細分化し、各々の役割や働きに人間が名前を付けたものであり、神社の自然が豊かなのは、神社があっての自然ではなく、自然があっての神社だからね。神様が自然を生み出したのではなく、森羅万象(自然への観察と敬意)が神様という観念を生み出した。すべては森羅万象・宇宙のエネルギーの賜物であり、分かりやすく言えば「自然=神様」なんだよね。神様は人格的な存在ではないし。

 

よって、自分に合う神社だと自然のエネルギーに対して素直に感動するし、心から落ち着きを感じるし、涙が出ることもある。たまには「神様にお願いしよう」とか考えずに、素直な気持ちでその場所をおもむくままに過ごすほうがイイ。つまりは「我欲を捨ててみる」ということかな。それも運が良くなる1つの方法だよ。

 

その時は時間がなくて真清田神社には行けませんでしたが、熱田神宮の本殿を囲うようにして一周することができるので、スタッフ皆さんと森林の小径を歩きました。するとそのスタッフが「ここはスゴイ場所だね」と言い、別の女性のスタッフは涙を流したのです。それが神様のご利益だったとは言いませんが、何か感覚的に心地よさを感じたでしょうね。「ここはとてもナチュラルでステキな場所だったわ」と清々しい表情で感想を言ってくれたことを覚えています。「ナチュラルでステキな」という表現こそ、神社の本質を突いているように思えます。

 

ちなみに、全国の「一の宮」の社が一堂に会した「元伊勢皇大神宮」という神社があります。その境内には一の宮の社が本殿を囲うようにズラっと建ち並び、この神社に参拝することで全国の一の宮にも同時に参拝することができると言われているようです。が、おじいいわく「そういう意味ではないんだ」とのことで興味深い話しをしてくれましたが、個人的にはこの神社はこれまで行った神社のなかで唯一涙が溢れてきた神社。ご利益とか神格とか一番・二番とかを抜きにして、とても「ナチュラルでステキな」場所です。ご興味ある方はどうぞ。

 

 

 

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