東京新聞の記者に倒しては権力者からの圧力もかけられた。
でも、俗にリベラルと言われるメディアのやっていることは、メディアであればごくごく普通の、当たり前のことだと思う。
権力者が憲法の範囲を飛び出て暴走しないために、有権者、特にその政党を支持している人たちは、権力者を厳しく監視する責任がある。
ただし、権力者は、どんな黒い事でも、有権者の聞こえのいいように話すことに非常に長けている。
歴代の首相を例にあげれば、森喜朗や麻生太郎なとは比較的胸の内が分かりやすいが、小泉純一郎や安倍晋三はどんな悪政でも良いように聞かせる事が非常に美味い。
権力者が言う、耳障りのいい言葉、その裏にある黒い部分を、一般の有権者が全て見抜くことは簡単ではない。
だから、有権者による権力者の監視を手助けする、という意味で、メディアの役割は非常に重要だと思う。
むしろ権力べったりの産経新聞、権力に、批判的な勢力を狙い撃ちして潰そうとする週間文春なとは、メディアとして機能していない。
維新の議員が、気に入らない朝日新聞に対して朝日新聞死ねと言って問題になった。
でも私は、産経新聞死ねとは言わない。むしろ、メディアとしてすでに死んでいる産経新聞に、生き返ってもらいたい。産経新聞は日本で五本の指に入る大手の新聞社。そんなメディアが権力べったりのままでは日本そのものが死んでしまいかねない。
毎日新聞や東京新聞などを見習ってメディアとして生き返ってほしい。