ちょっと、凄かった の続き

 どれくらい凄い状態だったかを人に話すのに、一番驚かれるのがこれだ。布団に寝ている時、顔が痒くなっても我慢した。布団から手を出すのが激痛だったし、出したところで手首は動かないし、指先に力が入らない。痒くても死なない、そう思ってやり過ごした。
 つい一年ちょっと前の事だ。
 茶の間で一度座り込むと、立つのに一苦労。膝がパンパンに腫れて痛んで踏ん張れない。まず卓袱台に肘をついて上体の重みを逃がしておいて、片足ずつ膝を立て、伸ばす。立ち上がってもゆっくりしか進めないから、トイレに間に合わないかと冷や冷やした。夫が椅子を幾つか置いてくれるようになった。
 茶の間と続きの和室へは段差が35センチある。これが登れなくて、用があるのに取りに行けない。座布団2枚を半分に折って即席の踏み台を作った。
 手が肩より高く上がらず、手先に力がなく、洗濯物を干すのが辛かった。
 マヨネーズをチューブから押し出せない。食器が重い。
 着替えのボタン留め外しに時間がかかった。パンツの上げ下ろしは手首と指先が激痛。Tシャツの脱ぎ着に、肩が上がらず腕が動かず悶絶。だからかぶるタイプの服でなく、前開きのものを探すようになっていた。ブラの肩ひもを引き上げるのも大変。だからトートバッグを肩にかけるのも辛かった。持ち手がずり落ちても上げられない。中のものを取り出すのに手首を曲げられないからモタモタ。斜め掛けポシェットを使うと、肩が重くて痛くて我慢できなくなった。出掛ける前に、中身をできるだけ軽くしていった。
 買い物は一番困った。まずバスのステップがきつい。混んでで座れないと苦痛。さあスーパーで、左ひじに籠を持ち、右手で…カボチャ1/4がつかめない。キャベツ1玉が安くても重すぎて持って帰れないから1/4のにする。ああ大根が安いと思っても、今日は牛乳を買うつもりだから諦める。そういえば小麦粉も砂糖もお醤油も残り少ないけど、どうしよう、今日はせめてどれか一つだけでも…。夫の好きなペットボトルのジュースが安くなってて買ってしまうと、帰りに腕肩が痛くて歩けない。こんなにセーブしてるのに、お豆腐やらお肉やらが合わさって結局結構な重みだ。レジで財布から小銭が上手く取り出せない。返されたお釣りを仕舞えない。エコバッグに品物を入れるのにモタモタ。バス停まで普通なら2分かからない道のりに7,8分かかるから気ぜわしい。帰ってきて、カバンが重くて手が動かず、鍵がなかなか出せなくて、玄関前でもどかしい。
 靴が、脱げない。足が腫れてるから。スニーカーが無理になって、クロックスのサンダルを買って貰ったが、それもとうとう履けなくなって、最後は夫のサンダルをつっかけてたなぁ。
 何もかもが苦痛。だって体が痛いし、動かないし、だったから。干からびた、分厚いジャーキーみたいだった私。まだ仕事をしていたんだけれど、去年のお正月を過ぎてから体の色んな所が腫れていって、春には階段の上り下りが相当辛くなっていて、利用する駅のエレベーター、エスカレーターの有無を覚えた。横断歩道を信号が青のうちに渡りきれるかいつもドキドキした。
 一番仲が悪かったのは掃除機だ。重くて、手首と腰にキツくて、私ときたら、お掃除を助けて貰っていながら、いつも当たり散らしていた。
 始終顔をしかめていた私と共に暮らし、見ていた夫は、どれだけ辛かったか。それは苦痛の最中にも勿論考えた。夫は、共に耐えてくれた。黙って手を差し伸べ、寄り添うことは、当事者の私以上のこともあったろう。私はそれでも夫を巻き添えにしたのだ。
 そもそもなぜこんなことになったかというと、…