一般的に、選択肢が多いことはいいことだとされています。
私もそう思いますし、なるべく可能性が拡がる方向に進んでいくべきだと思います。
ですから、
はじめから選択の余地がない道を進むのは賢くないと思っていました。
たしかに賢くはないのですが、幸せかどうかと考えると、話は違ってくるような気がします。
例えば、地元から離れず、子供時代からの友達と永遠に続いているような、いわゆる”マイルドヤンキー”のような人達は、
人生の選択肢という観点からは、極めて狭い領域で暮らしています。
ですが、本人たち結構、幸せに生きていたりします。
選択肢を拡げるつもりで、都会の大学に入って、そのまま都会で就職して、毎日アクセクと働いていて、ふと、振り替えると、
あれ?
なんか、狭い世界に生きてないか?
と思うことは、多くの上京者が思うことではないでしょうか?
なにが幸せか?ということは、
個人の価値観によって違うし、哲学的な問題なので、そもそも結論が出ない問題ですが、
歳を重ねてくると、見方も変わってくるものですね。
いろんな幸せの形があるわけで、
そう考えると、選択肢が狭いことも悪くないような気がします。
先進国において、現代人の不幸の原因の1つが、選択肢がありすぎることではないかと思います。
誰でも、可能性としては、何者にもなれるわけで、その自由さが、絶望の前提にもなるということです。
はじめから、希望も可能性もなければ、絶望もしないわけですから。
選択肢が1つしかない絶望か、選択肢がありすぎる絶望か。
私は、やはり、選択肢が広い方が良いと思います。