ポルトガルの空の下で

ポルトガルの町や生活を写真とともに綴ります。また、日本恋しさに、子ども恋しさに思い出もエッセイに綴っています。

ポルトガル式チゴイネルワイゼン

2017-11-19 15:14:11 | 思い出のエッセイ
2017年11月19日 

近頃では、交差点で見かけるジプシーがめっきり減った。(註:ジプシーという言葉は現在では差別用語とのこと。わたしは全く差別の気持ちなしにここで使用しています)

かつては、信号のある交差点は、ジプシーのいないところはないくらいで、赤信号で停車ともなれば、たちまちにして男のジプシー、赤ん坊を抱いた女のジプシー、子供のジプシーのいずれかに、「お金おくれ。」とせがまれるのであった。

男のジプシーは、たいていA3くらいの大きさのダンボール紙にそのまま「赤んぼも含めてこどもが5人いますだ。めぐんでくだされ。」等と書いて、お金を入れてもらうプラスティックの箱を突き出してくる。

女のジプシーは、赤ん坊を腕に抱き、そのままニュッと手を出し、「ミルク代、おくれよ。」と来る。
子供のジプシーにいたっては、これが一番タチが悪いのだが二人一組で来る。車窓を閉めたままでも、小うるさくコンコン窓ガラスを叩き、爪が黒くなった汚れた手をぬぅっと突き出して、
「ねぇ、おくれよぉ。おくれったらぁ。」としつこい。

「小銭持ってないから、だめだよ。」などと言おうものなら、腹いせに、垂らしていた鼻水、鼻くそまで窓ガラスにくっつけて行ったりするのがいるから、小憎らしい(笑)

子供たちが学校へ通っていた時は、毎日車で迎えに行くのが日課だったから、行きも帰りも赤信号で停車となると、それが年がら年中だ。よって外出時には小銭を用意して出るのが常だった。

わたしには、顔馴染みのジプシーがいた。いや、顔馴染みと言うなら、毎日通る殆どの交差点のジプシーがそうなるのだが、このジプシーは言うなれば「ひいきのジプシー」とでも言おうか。恐らく当時は30代であったろう、男のジプシーで、かれらの族の例に洩れず目つきはするどい。小柄でどこか胡散臭いのだが、なにやら愛想がよろしい。

言葉を交わした最初が、「中国人?日本人?」であった。こう聞かれると日本人だよと返事をしないではおれないわたしだ。「日本人よ。」すると、「やっぱり思った通りだ。ちょっと違うんだよね。」で、彼はここでニコッとやるわけです。用心はするけれども、わたしはこういうのに吊られるタイプでどうしようもない。

それがきっかけで、その交差点を通るたびに、「こんにちは。今日は調子どう?」と挨拶を交わすようになった。

我が家の古着や使わなくなった子供の自転車、おもちゃ、食器など不要になった物、たまには食べ物なども時々その交差点のあたりで停車して手渡したりしていた。

たまに、その交差点に、かの贔屓のジプシーがおらず、別のジプシーを見ることがあって、そういう時は、おそらく縄張りをぶん捕られたか、縄張り交代なのだろう。

ある日、同乗していた、中学も終わる頃の息子が、そのようなわたしを見て言うことには、「ああやって小銭をもらって稼いでるジプシーには、借家のうちなんかより立派な自分の家に住んでることがあるんだよ。」

「3日やれば乞食はやめられない」と日本でも言う・・・・家に帰ってシャワーを浴び、こぎれいになっているそのジプシーの一家団欒を想像してなんだか可笑しくって仕方がなかった。

息子はリスボンへ、娘はバスでダウンタウンにあるポルトガルの私立高に通学するようになって以来わたしはそのジプシーに会うことはなくなった。

その間、東ヨーロッパの国々がEC加入し、気がつくといつのまにやら交差点からは、小銭をせびるジプシーたちの姿が消え、代わりにポルトガルに流れ込んで来た東ヨーロッパ人達が目立つようになった。

彼らは、「要らん!」と言うこちらの言葉にお構いなく、車のフロントガラスにチュ~ッと液状洗剤をかけ、拭き始めるのである。そして「駄賃おくれ」と来る。

「昨日、洗車したばっかよ!」と、頼みもしないのに強引にする輩には絶対小銭を渡さない。しつこく手を出されても赤信号から青に変わるまで、わたしは頑張るのだ(笑)

近頃は、もう交差点の輩には小銭をあげないと決心した。小銭を車窓で受け取り、うっかり落としたふりをし、運転している者の油断をついて、ひったくったり脅したりの犯罪が増えてきたからである。

先日、家の近くの交差点で、数年ぶりにかの「贔屓のジプシー」に遭遇した。わたしが駆っている車種も車の色もあの頃のとは変わっているのだが、即座にわたしを見つけ、「奥さん、久しぶり。お住まいこっちの方で?お子さん達元気?」 少しやつれていた。歳をとったのだ。

閉めていた車窓を開けた。
「E você?」(で、あなたは?)助手席のバッグを引き寄せ、小銭を出して手渡しながら、信号待ちの間のしばしの会話。やがて、信号が変わりわたしは他の車の流れに乗って動き出した。

バックミラーに、車の発進でその身をグリーンベルトに寄せるジプシーの少しやつれた姿が映って、それがあっという間に遠くなった。

世界広し言えども、「贔屓のジプシー」を持っている日本人などそうざらにいるものではあるまい。夫は知らない。


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