#39 馬子がまごついた噺 ~「馬の田楽」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

天高く馬肥ゆの候、馬の出て来る噺を聴こう。

 

 夏の暑い日、馬方の太十が馬の背中に味噌樽を積んで商家の店先に着く。「お前も暑かっただろう。すぐに荷物を下して水を飲ませてやりたいが荷物を手渡すまで待ってろよ」と馬を労う。傍らでは数人の子供たちがメンコで遊んでいる。悪餓鬼(わるがき)連中に見えたので「お前ら、馬に悪戯をしてはなんねえぞ。蹴られたりしたら大変だからな」と一本、釘をさしておいて、「三州屋さーん、荷物をお届けに参りました」と声を掛けながら店の中へ入って行く。何度呼んでも誰も出て来ない。馬のことも気に掛ったが店内の涼しさもあって、しばらく(なか)で待つことにした。が、誰も出て来る気配がない。出直すにしては峠を2つも越えてきた道程(みちのり)が勿体ないなあと思いつつウトウトし始める。小1時間ほど経った頃、ようやく奥から主人が出てきて「客が来てたのは知っていたが畑仕事を途中で止めるわけにはいかなかったんでね」とのんびりしたことを言う。「味噌樽をお届けに参りました。まだ馬に積んでいますので、改めて下さい」「そんなもの、注文した覚えはねえがねェ」「ここにちゃんと三州屋さん宛ての送り状がありますが」「ああ、これは三河屋さん宛てだ。□の中に三と書いているだろう。うちの印は○の中に三の字だ」。送り主が□をぞんざいに書いたので太十には○に見えたのであった。

 

 届け先の間違いを知り大急ぎで外へ出ると馬の影も形もない。道でまだ子供が遊んでいたので問い質すと、馬の腹の下を潜って遊んでいたが、その内に一人が馬の尻尾の毛を束ねて引き抜いたので痛がった馬が竿立ちになり、逃げ出して行ったと言う。「どっちへ逃げたのだ?」と訊くと「吃驚して目をつぶってしまっていたのでわからない」と言う。

 

馬を案じ荷物も気になる太十は闇雲に探しに行く。「ここを馬だけが走って行かなかったかね?」と茶店の婆さんに訊ねると「…うまいもの、食いてえのか?」。耳が遠いようだ。「味噌樽をつけた馬だよ」「…味噌? 芋に味噌つけたのを食うか?」。

 

道端でじっと空を見ている男に訊ねると、長々と田の草取りの話をした挙句、「明日の空模様を見ようと今来たばかりだからわからない」と言う。

 

太十は血眼になって捜し回る。と、向うから仲間の寅十が来る。「おーい、寅、俺の馬を見なかったか? 味噌を付けた馬を見なかったか?」「味噌を付けた馬? 俺、馬の田楽、食ったことねえよ」。

 

人間国宝の十代目柳家小三治が得意ネタの一つとした「馬の田楽(うまのでんがく)」という噺である。上記の筋書きの会話部分は標準語で書いたが、小三治は全編、田舎の訛り言葉で牧歌的な情景を描写しており、「現代落語の特級品の一つである」と絶賛する評論家もいる。

 

味噌田楽の材料は我が家では豆腐、蒟蒻、大根であるが、他の食材を使ったり、地方独特の田楽も種々あるようである。落語「馬の田楽」がもっと有名になっていたら馬肉を使った味噌田楽も登場していたかもしれない。

 

江戸時代には文字が書けない読めないのいわゆる文盲の人が多かったからこの噺のようにマークで識別するケースが多々あったことであろう。老舗の登録商標にその名残を見ることができる。

 

藤森神社・京都 2009年)

 

 


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