#61 「ん」が入っている言葉を出し合う ~「ん廻し」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

私はクロスワードを変形した「ナンバークロス」(略して「ナンクロ」という)の愛好者である。

パズル面に数字が並んでおり、数字はそれぞれ仮名に対応していて一つの単語(名詞)を表している。また、同じ数字は同じ仮名を表している。数字の並びから単語を推測しながら数字と仮名を対応させていくというパズルで、30年ばかり前に考案されたと聞いている。クロスワードと違って「カギ」はないが、1=ラ、2=ク、3=ゴといったヒントがあり(従って、“312”と並べば“ゴラク”となる)、これを手掛かりに解いていくのが一般的である(インターネット上でルールなどが紹介されているので興味のある方は参照されたい)。

ナンクロの極め付けは黒マスもヒントもない“ノーヒントナンクロ”である。数字の並び方(例えば“45556”)だけから単語を推測しながら解いていくもので、何とも言えない醍醐味がある。このパズルを解く上で大きな手掛かりになるのは「ン」の字である。「ン」で始まる言葉は無いし、「ン」が連続することも無く、また「イ」「ウ」と並んで出現率が高いという日本語の特性に着目し、先ず「ン」の字を確定していくのがコツである。ホームズ譚の「踊る人形」を連想させる面白いパズルである。

 

ところで、落語の演目で一つだけ、この日本語の法則を破って「ン」で始まるものがある。「ん廻し」という言葉遊びの噺である。

 

 若い衆が集まって田楽を肴に一杯やることになり、近くの豆腐屋に「焼け次第どんどん持って来い」と注文していた田楽が届き始めた。ここで、「ん」という文字が入った言葉を順番に言って、その「ん」の数だけ田楽が食べられるという趣向をすることになった。

 

 最初の男が「れんこん」と言って2つ食べ、次の男が「にんじん、だいこん」で3つ食べるなど順次言い廻していく。中には「なすびん、きゅうりん、とまとん」と趣旨の分からぬ奴もいたが、「てんてんてんまのてんじんさん」と「ん」の字が段々増えて調子が上がっていく。

 

 やがて、「せんねん しんせんえんのもんぜんのやくてん げんかんばんにんげんはんめんはんしん きんかんばんぎんかんばん きんかんばんこんぽんまんきんたん ぎんかんばんこんげんはんごんたん ひょうたんかんばんきゅうてん」と43個も持っていくすごい男も出てくる。

 

 極め付けは、算盤を入れてくれと言って「じゃんじゃんじゃん、かんかんかん……」と半鐘と鐘の音を繰り返し、「火事場の様子だ」と際限なく田楽を取ろうとする奴が現れる。「おい、これ生やないか。何で俺だけ生やね?」とそいつが言うと、「お前の話は火事場じゃろ。だからあまり焼かん方がええやろ」。

 

 落語家になりたての頃に喋りの練習用にと出来た上方噺である。特に、「せんねん…」の件が聴かせ所で出鱈目ではなく、薬屋の店先に置いてある人体模型と広告看板のことを言っているものである。漢字で表記すると次のようである。

“先年 神泉苑の門前の薬店 玄関番人間半面半身 金看板銀看板 金看板根本万金丹

銀看板根元反魂丹 瓢箪看板灸点”

 文章にはなっていないが意味は通じ、リズミカルに一気に喋るのがミソである。

 

(神泉苑・京都 2011年)

 

 上記の筋書きは三代目桂米朝「田楽食い」という高座に依った。落語研究家によると、近年は「ん廻し」という噺の前半は「寄合酒」、後半は「田楽食い」という題目でそれぞれ独立して演じられるようになっているとのことである。

 

子や孫と金平糖などのお菓子を景品にして“ん廻し”で遊ぶのも一興であろう。男の子なら「でんしゃ」、「さんりんしゃ」や「しんかんせん」等が出て来るのであろう。

蛇足ながら、題目の「ん廻し」の正しい表記は「『ん』廻し」とすべきであって、「ん」で始まる単語は無いという日本語の鉄則を破るものではない。

 

 冒頭の“45556”という数字の並びは、“カタタタキ(肩たたき)”をひらめかさせるのが出題者の意図で、言わば隠しヒントになっているわけである。

 


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