#88 時は金なり ~「時そば」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

 甲という男が屋台のそば屋に立ち寄り、“しっぽく(掛けそば)”を一丁注文する。手早く誂えられて出されると、店看板、割り箸、丼、だし、蕎麦、竹輪などすべてのものを褒めちぎる。

 やがて食べ終わって勘定を払う段になる。「いくらだい?」「へい、16文(160円位か)です」「銭は細かいよ、手を出しな。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、今何どきだい?」「へえ、九つで」「十、十一、十二、…十五、十六文だ。ご馳走さん」と一文誤魔化して立ち去る。

 これの一部始終を観察していた乙という男、トリックを発見して感心し、俺もやってやろうと思うがその日は小銭を持っていない。

 

翌日、乙は夜になるのを待ちかねて町へ飛び出し、昨夜とは違う屋台を呼び止めて「しっぽく」を注文する。ところが全てにおいて昨夜のそば屋とは正反対の不味い「しっぽく」で、ぼやきを連発する(「しっぽく」についての甲と乙の全く正反対な評価と蕎麦を食べる所作がこの噺の聴き所であり見所である)。

 やがてお目当ての支払いの段になる。「いくらだい?」「16文です」「細かいよ、手を出しな。一つ、二つ……八つ、今何どきだい?」「へえ、四つで」「五つ、六つ、七つ……」。

 

上記は古典の名作落語「時そば(ときそば)」という滑稽噺である。ここで江戸時代の時刻の呼び方を整理しておこう。現在の呼び方に対応する江戸時代の呼び方を()内に示すと以下のようになる。

 

0時(九つ)、 2時(八つ)、 4時(七つ)、

6時(六つ)、 8時(五つ)、10時(四つ)、

12時(九つ)、14時(八つ)、16時(七つ)、

18時(六つ)、20時(五つ)、22時(四つ)。

 

 15時頃に食べる間食を「お八つ」というのはこの名残である。15時は「八つ半」と言う。一刻(いっとき)=2時間で、半刻(はんとき)=1時間、四半刻(しはんとき)=30分である。

他に、1日24時間を十二支に対応させた呼び方もあった。0~2時を子の刻、2~4時を丑の刻といったものである。12時を正午という呼び方にその名残が観られる。

 

さて、甲が食べたのは「九つ」というから午前零時頃、これに対して乙の場合は「四つ」であったから午後10時頃であった。つまり早過ぎたのが乙の失敗の原因であったわけである。

 

「時そば」は、落語ファンのみならず多くの人が一度は聞いたことのある噺であろう。時刻の呼び方を巧みに採り入れた「考えオチ」の傑作で、小学校での教材になるのではないかと私は思っている。

 

ところで、夜の早い当時の江戸で、深夜にそば屋が商売になるほど人出があったのは遊廓ぐらいであったろうと思われるが、乙はこんな時間に何をしようとしていたのか? どの場所で何故甲の一部始終を見聞きしていたのか? 不可解で、まるで透明人間か幽霊のような存在である。この点、「時そば」の別題と位置付けられている上方の「時うどん」では、乙は甲の連れでその場に同席していたという設定にしていて納得性がある。項を改めて聴くことにしよう。

 

(出石城跡・兵庫 2012年)

 


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