#94 斗酒なお辞せず ~「試し酒」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

落語の世界では年がら年中飲んでいると思われるくらい酒にまつわる話は多い。ここでは大酒呑みの噺「試し酒(ためしざけ)」を聴いてみよう。

 

商家の旦那・大宮が下男の久造を連れて友人の田中さん宅を訪問した。商談を済ませると、田中が一杯やろうと誘う。「これから行く所があるので今度にしよう。そうそう、酒と言えば外に待たせている下男が五升は呑めると豪語している男でして」「それは凄いね。一度、顔が見たいから入ってもらって下さい」。呼び入れられた久造に田中が「どうです、一度に五升呑めるかどうか賭けをしませんか? 呑めたら貴男にはご褒美を上げ、大宮さんを箱根へ招待しましょう。もし呑めなかったら、何か隠し芸を見せて下さい」と言う。久造は「五升は呑んだことがないし、隠し芸など出来ないので…」と渋る。これを聞いていた大宮が「呑めなかったら私が田中さんを招待して一席設けましょう」と提案した。久造が「ご主人様に散財をさせることになるので、ちょっと考えさせて下さい」と言って表へ出た。しばらくして帰って来た久造が「賭けを受けましょう」と言う。

 

一升入る盃が用意され、賭けが始まった。久造は最初の一杯を一気に呑み干した。次いで、「酒は中国から来たものだそうですよ」と講釈をしながら二杯目を空ける。「都々逸にいい文句がありますね。〽お酒飲む人 花なら蕾 今日も酒々 明日も酒、〽明け方の 鐘 ゴンと鳴る頃 三日月形の 櫛が落ちてる四畳半」と言いながら三杯目も空けた。

 「後、何杯です?二杯ですか。呑めるかな?心細くなってきた」と言いつつも四杯目を呑み干した。田中は驚きながらも「これからが勝負だ」と強気に言う。一方の久造は「早いとこケリをつけてご主人様を安心させて上げよう」と言って五杯目を一気に呑み干した。

 「私の負けだ。ところで、さっき表へ出た時、何処へ行ってたんだい? 何かおまじないでもしてきたのかい?」と田中が訊くと、「いや、五升呑めるかどうか、表の酒屋で試しに五升呑んできた」。

 

“斗酒なお辞せず”という大酒呑みを言う慣用句があるが、合わせて一斗の酒を呑んだ久造さんは正にこれを地で行った男であった。この「試し酒(ためしざけ)」は馬鹿馬鹿しいと言えばそれまでだが、サゲが秀逸で落語らしい噺である。

落語に登場する酒飲みは大抵が酒癖の悪い男であるがこの久造さんは例外で、“主人に迷惑を掛けてはいけないということ”を先ず考えることが出来た、忠実にして冷静な大酒呑みであった。そして自分は無芸大飲(・・・・)だと言う久造さん、実は都々逸も唄える粋人だったのかもしれない。

 

(生野銀山・兵庫 2012年)

 


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