2017年12月13日
闇の雄叫び 16 (引き算)
精神病院への入院を土壇場で断られ、家族も主治医もケアマネージャーも途方に暮れる事態となったが、父の身体機能の低下は著しく進み続け、その介護度は、それまでの「要介護3」から「要介護5」へと上げられ、諸々の介護サービスの利用範囲も目一杯まで引き上げられることになった。
だがそのことは、介護保険利用枠の適用範囲が現行法上での最大限まで認められたという一縷の安堵と同時に、一方では、その限度枠一杯まで利用するしかない状況でもあったので、それに支払うことになる費用も目一杯嵩む現実にもなった。
とはいえ、仮に実費負担することに比べれば、その経済的負担は雲泥の差にはなろうが、父の在宅介護に係わる医療費を加えた諸々の出費を合算すると、決して楽観できる費用ではないのが確かな現実として横たわる。
加えること、父の発する日々連夜の雄叫びや悲鳴といった騒音対処で、まともに眠れない、休めないといった家族側の身体や精神的負担を考えると、どう引き算しても、やはり父には何処かの施設に入って貰いたかったというのが切なる本音となっていた。
だが、いくら費用が賄えたとしても、要介護5という特養への最優先入所レベルに上げられたとしても、大騒ぎする者はやはり特養には入れてもらえず、反しては大騒ぎしても一向に構わないと説明された筈の精神病院からは、父の持病を理由に入院を断られる始末。
嵩む一方の在宅介護費用に、あとほんの少し加算すれば十分に特養に入れられた筈なのに・・・ 精神病院に入れられた筈なのに・・・ 出来ない負担ではなかったのに・・・ ようやく眠ることが出来るかと思ったのに・・・と、結局はどちらに転んでも叶えられなかった結果に虚しい憤りを覚え、その潰えた希望に日々恨み節を反芻する。
何度も何度も引き算して、引き算して、良かれと判断し、もうこれ以外には何も無いといった覚悟で準備してきた筈なのにと。
(こんな思い、どこまで続くのだろうか・・・)
(解放される日は、訪れるのだろうか・・・)
こうなると、ただただ父を憎むだけだった。
何故、お前という男は、あの手この手で巧みにすり抜け、ここでこうして馬鹿な喚き声を延々と上げ続けるのだと、ご立派な介護ベッドで横たわる父を睨み付けるものの、だからといって、それはどうしようもないことなのだと悟る日々を、ただひたすらに繰り返す。
そこに解決策は潰え、共にどちらかが崩壊、破綻、または家族が発狂破滅する日まで、それは繰り返されることになるのだろうと、明白に悟ることになる。
人間の一生とは、俺の生涯とは、日常とは、こんな感じで潰えてしまうものなのかと、なにやら一切合切がどうでも良くなっていく感覚にだけ呑まれて行く。
眠りたくても眠れず、ようやく眠った気がしたかと思えば出勤する時間になっている。
いつの間にか、深夜起こされる度に胸の痛みを覚えるようになり、仕事中も、何らかの動作を切欠に動悸や息切れを誘発する始末となり、ついこの前まで当たり前に出来ていたことが、なにやら覚束なくなっているのを知る。
間違いなくこれは睡眠不足の影響なのだと知りながら、かと言って、睡眠不足を理由に仕事を休み続けるわけにも行かないのが現実だ。その原因となっているのが自分の父という存在である。
だがその父に何らの罪は無い。
深夜の父の寝室で、そこに横たわる罪なき老人の計り知れない破壊力に愕然とし、その呆けた顔に憤りだけをただ覚える。どうして、こんなことになってしまったのだろうと。
「俺は、母さんのこととか、みんなのこととか、忘れてしまうんだろうか・・・」
不意に、そんな父の言葉が蘇った。
「俺はこのまま、色んなこと忘れてしまうんだろうか・・・」
それは以前、ショートスティでの粗暴さが問題になり、急遽父を車で連れ出し病院へ向かう途中の会話で発せられた言葉だった。まだ父が辛うじて、自分自身や家族のことを認識できていた頃の話である。
例によって、雄叫びを上げ出した父をようやく宥め終えた深夜のこと、何故だかその場面が不意に蘇ったのだ。
せっかく父を鎮まらせたというのに、今度は管理人が父の横で嗚咽することになった。
あの日、確かに父は自分自身の現状を憂い、そして嘆いていたのを思い出すと、どうにもこうにも涙と嗚咽が止まらなくなったのだ。
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