『おんな城主 直虎』にて、桶狭間という初めて著名な史実が描かれた回であると同時に、小野道好(但馬守政次)による奥山朝利暗殺に森下佳子サンならではの解釈を加え、直虎(おとわ)および政次にとってもターニングポイントとなった回でもある。
楽勝を信じて桶狭間の先峰を務めていた、井伊直盛、奥山朝利、政次実弟の小野玄蕃、奥山孫一郎ら井伊勢。しかしながら直盛は、豪雨の明ける中、ふいに地響きを耳にする。織田軍の奇襲である。
直盛は孫一郎を、織田勢の手から逃すために自らの首級を孫一郎に持たせ、織田軍を装って井伊に逃れさせた。
小野玄蕃も討ち死、朝利も腿から肉が見えるほどの重傷である。
そしてこの奥山朝利が、亡くなった玄蕃の妻にして己が次女のなつ、そしてその一粒種・亥之助を小野家から取り戻そうとし、政次には「人質にはさせん!」と詰め寄る……その過程での悲劇という展開は、さきの第3話「おとは危機一髪」に続き、その史実へのアプローチ力の高さに唸らせられる。
ただ……何というか……もう少し生々しくドロッとした「情念」が欲しいなぁ、と思うのもまた事実で。
森下佳子サンに中島丈博並みの「情念」が備わっていたら、これは本当に凄いことになるのに…私は常々、そう感じている。
ともあれ、この一件で冷静沈着で鳴らす小野但馬守政次も完全に動揺し、いまだ出家の身の直虎(とわ)に身を隠しつつ助けを求め、龍潭寺にて匿ってもらう流れに至り、次話「走れ竜宮小僧」にて、一度はいきり立った井伊の面々から辛うじて許しを得ることとなる。
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「お、尾張の桶狭間というところで、今川軍が大敗を喫したと!織田勢に奇襲をかけられ、義元公は討ち死にされたとのことです!」
井伊家は恐慌にたたき込まれた。その日から、桶狭間で傷を負った将兵たちが続々と井伊谷に戻ってきた。
(中略)
「殿を連れ帰ったのはお主か?」
政次が問うた。朝利の息子・孫一郎はうなずき、消え入りそうな声で経緯を語った。
劣勢が明らかになり、なんとか戦場を脱したところで、直盛が孫一郎に言ったという。
「わしは腹を斬る。わしの首を掲げ、お前は織田の兵のふりをして、戦場を抜ける。そうすれば、井伊の武者の一人は助かるではないか」
敵の手にかかれば、この首でも手柄にされる。どうせ死ぬなら井伊の役に立ちたい、と ―― 。
「殿らしい……ご最期で……」
誰かが声を絞った。次郎の耳には届かない。
(中略)
盛夏。未曽有の大混乱にあえぐ井伊家に、ただ一筋、明るい光がさし込んだ。
しのに、懐妊の兆しがついに見えたのだ。娘夫婦の報告を受けた朝利は、文字通り狂喜した。
「まことか!なんじゃ、この頃合いに。まるで、殿の生まれ変わりのようではないか!」
しのたちが立ち去ると、朝利は文をしたため、家人に命じて小野の屋敷に届けさせた。それに応じ、夕刻になって、政次が祝田にある奥山の屋敷に姿を見せた。
なつと亥之助を引き取りたい。改めて切り出す朝利に、政次は丁重な口調で返した。
「何度もお伝え沿ておりますように、なつ殿自身が小野にとどまりたいと申しておりまして」
「嫌がっても、そなたが戻れと言えば済むことではないか。なつと亥之助を戻したくない理由があるのか?」
「亡き殿が結んでくださった、玄蕃となつ殿とのご縁にてございます」
もったいぶった物言いに聞こえた。いらだちと皮肉のこもった口ぶりで、朝利は言い放った。
「亥之助がこちらに来てしまえば、そちが人質を取られた格好になるからか?図星じゃろ」
すっと目を細め、政次は落ち着いた声で返した。
「さようなことは毛筋ほども考えておりませなんだが、裏を返せば、そちらに戻せば、奥山殿は亥之助をそのようにお考えになるということにございますか。つまり亥之助は、小野から取った人質である、と」
朝利が「いや、それは……」とへどもどする。
「新野様も中野殿も、かような大事のときに、奥山殿が己が家のことばかり考えておられるとは失望なされましょう」
「いや、そういうわけではなくな。そうか、なつがそれほどまでにいたいと申すなら」
「お聞き入れいただき、かたじけのう存じます」
退出しようとし、政次は背後にすさまじい殺気を感じた。よける間もなく白刃がひらめき、左腕から鮮血が噴き出した。
「殿がおらぬようになった、今が好機と思うておるのじゃろうが、そうはさせぬ……!」
刀を構え直し、朝利は政次めがけて突進した。
(NHK大河ドラマ・ストーリー 『おんな城主 直虎』 前編 第9回「桶狭間に死す」より)
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※ 2017.12.30 『おんな城主 直虎』 総集編:13時5分〜17時43分(約4時間30分)
※ 詳細は追って告知します。
2017.12.10放送 NHKBSプレミアム 18:00~ NHK総合 20:00~
第49回 「本能寺が変」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story49/