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2018年02月03日

北村克己(マッスル北村)

マッスル北村1.jpg

〔生没年月日〕1960年10月6日〜2000年8月3日
〔出身地〕東京都(練馬区)
〔身長〕173cm
〔主な戦績〕
・1984年 ミスター関東 優勝
・1985年 ミスター東京 優勝
・1985年 ミスター全日本実業団 優勝
・1985年 ミスターアジア ライトヘビークラス 優勝
・1986年 ミスターパシフィック 優勝
・1986年 ミスターオールジャパンチャンピオンシップス 優勝
・1999年 WABBA 太平洋世界選手権 総合優勝
・1999年 NPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ ヘビー級 3位
〔その他経歴〕
・東京大学理科U類中退
・東京医科歯科大学医学部中退
・太田プロ所属タレントとしてTV・映画等メディア出演多数
〔外部リンク〕
マッスル北村 マッスル企画 公式ページ
〔Sky Raker's eye〕
2000年8月26日開催のNPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ出場に向けた過酷なトレーニングとダイエットが引き金となり、39歳の若さで逝去された北村さん。北村さんと言えば、奇行とも思える数多の超絶努力伝説。天命に突き動かされるかのように、全身全霊でボディビルに情熱を注がれました。(詳しくはIRONMAN誌特別編集の「ボクの履歴書」や「マッスル北村 伝説のバルクアップトレーニング」をご参照ください。)
そして、北村さんが存在しなかったとしたら、現在の日本のボディフィットネス業界の繁栄はあり得ません。日本のボディフィットネス業界に最も影響を与えた人物こそ、北村克己(マッスル北村)さんなのです。北村さんは、「日本人がボディビル競技で黒人・白人と対等に競えるはずがない」という常識を覆し、「日本人ボディビルダーも世界を舞台に戦える」ことを証明しました。勿論、それ以前にも杉田茂さんや須藤幸三さん等による世界的な活躍はありましたが、後進や業界への影響力という点では、類稀なカリスマ性を持った北村さんの方が上でした。現在の日本のボディフィットネス業界は、北村さんの影響を強く受けた「北村チルドレン」とも言うべき人達が牽引している、と言っても過言ではないでしょう。(日本における古参のボディビル団体はJBBFですが、「日本のボディフィットネス業界を大きく発展させた主要人物達は皆JBBFメンバー以外の人達だった」という皮肉な事実があります。)
1986年7月20日の 「ジャパン チャンピオンシップス」において優勝し世界大会への切符を手にしたものの、当時JBBFドーピングコントロール委員長であった後藤紀久の策略により、「筋肉増強剤であるナンドロロン使用」と判定され失格とされた不幸な過去がありますが(事実は不使用)、ハンデ(業界からの排斥)に負けず、「肉体と精神の調和」を唱え海外で活躍された北村さんは、真に偉大なボディビルダーです。
男性ボディビルダーであれば、北村さんのトレーニングビデオ「極限の肉体を求めて」「世紀末バルクアップ1999」「限界への挑戦」は必ず観てください。このビデオを見るのと見ないのとでは、その後の自身の成長に大きな差が生まれます。必見の3本です。そして、「北村イズム」の継承者になること間違いなしです。
北村さんはもうこの世にいませんが(肉体は滅びましたが)、魂は私たち後進の心の中で永遠に生き続けます。

マッスル北村2.jpg
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