それは、ある蒸し暑い夏の日の出来事でした。C病院で医療ソーシャルワーカーをしている私のもとに一件の電話が鳴ったのがその始まりでした。

 

 

プルルル・・・電話のディスプレイに表示されるのは見慣れない番号。うん?誰だろう?と不審に思って電話に出ると、かすれたような低い男の声が聞こえてきました。

 

 

「こちら霊安室から電話してます」

 

「・・・あ、はい(レイアンシツ?)」

 

「こちらに腎臓透析の患者さんがいるんですが」

 

「・・・え!?」

 

「もう6ヵ月も保管してるんですが、誰も引き取りに来ないんですが」

 

「(あ、な~んだそういうことか)・・・え!?6ヵ月も!?!?」

 

 

突然の霊安室からの電話にビックリして、おまけに6ヵ月も引き取り手のない患者さんがいるのにさらにビックリ。そして霊安室の男は続けます。

 

 

「あのさー、こっちも満室なんで困ってるんですよ。誰か早く引き取り手探してよ」

 

「あ、どうもすみません(なぜ、謝る???)」

 

「うちだって、ここに入らないといけない患者さんが待ってるんだから、お願いしますよ」

 

「はい、分かりました。なんとか引き取ってくれる方探してみます(ってこれもソーシャルワーカーの仕事なの!?)」

 

 

 

電話を切った後、さりげなく受け流した“ここに入らないといけない患者さんが待っている”って言葉にすこし背中がゾクッとしたけれど、確かに夏場だし、霊安室が満室なのはいろいろと困るのはソーシャルワーカーでも理解できます。というわけで、霊安室からの「退院」手続きをするはめになりました。まずは、とにかく引き取り手を捜さなければなりません。そこでこの患者さんの電子カルテをチェックして肉親を探します。患者さんの電子カルテにはExpiredの表示。ここでは死亡したって意味で使われているんでしょうが、Expiredって期限切れって意味で、よく食品なんかにexpiration date「消費期限」みたく使われるので、なんか正直ちょっと気持ちの悪い使い方です。Deceased(死亡した)みたいな普通の言葉を使えばいいのになぁーと思うのですが、医学的には肉体が朽ちたから「期限切れ」なんでしょうか?・・・嫌ですねぇ~。

 

 

 

さてさて本題に戻しましょう。電子カルテでこの患者さんのことを調べてみたところ、海外にいる子供たちとは遥か昔に絶縁となり、そしてカナダに単身移民をして来たらしく、カナダには肉親はいませんでした。また海外の子供たちの居場所・連絡先も見つからず、唯一の手がかりは彼女が通っていた教会。どうやら教会の牧師さんがたびたび病院にもお見舞いに来ていたようです。そこで教会の牧師さんに電話をしてみたところ、事情を察し、快くこの患者さんを引き取ってくれることになりました。もし仮にこの牧師さんが身元を引き受けてくれなかったらどうなるのかって?そうなると、医療ソーシャルワーカーはPublic Guardian and Trustee と呼ばれる公的後見人・管財人事務所に連絡をとって、彼らに身元を引き取ってもらい、公的援助のもと荼毘に付される事になります。でもそうなったら無縁仏になってしまいます(って心配するのは私が日本人だから?)。この患者さんが無事牧師さんに引き取られ供養され私もホッとしたのでした。

 

 

 

ところで最近、うちの霊安室よく満室になるんです。カナダでは、病気で死亡した患者さんは一旦霊安室に送られます。そして、患者さんのご家族・友人が手配した葬儀会社が病院の霊安室まで患者さん迎えに来るのが一般的です。またカナダでは、日本のように、お通夜、お葬式といった一連の行事をスピーディーに3日のうちに済ます!なんて習慣はなく、どちらかと言えば死後一ヵ月後にお葬式なんてことも珍しくありません。その結果、遺体が霊安室に数週間保存されることも結構あります。そんな中で、患者が増え続ける昨今、霊安室が患者さんで一杯になってしまうという問題が起こっているのです。

 

 

 

医療ソーシャルワーカーもこの問題から逃れることはできません。病院側としては、できるだけ早く葬儀屋に患者さんを引き取ってもらいたいので、医療ソーシャルワーカーも上からの圧力で、死に目にあった患者さんのご家族に、それとなく直接ご遺体を葬儀屋に引き取ってもらうように呼びかけるのです・・・でも、これってちょっとね~と思いますよ。だって、家族だってまずは肉親の死を受け入れて、泣き悲しむ時間を作る必要があるのに、そんな家族に事務的なことを急かすのは気が乗りません。でも霊安室に入れない患者さんが増えてしまうのも困りますし、ううう、嫌な役割です。一層のこと、霊安室の大改装すればいいのに・・・あ、でも最近その隣にカフェテリアがリニューアルオープンしたんだった(冷汗)。

 

 

 

ちなみに、みなさんが期待された霊安室に関わるお化けの話は、今のところ聞いたことはありません。考えてみれば、病院の怪談などと言ったものも、病院で働いて以来一度も聞いたことがありません。カナダでは病院にお化けは出ないんでしょうかねぇ~?密かに怪談好きの私としては残念です。でももしかしたら看護師たちはなにか怖い話を知っているかもしれませんね。今度聞いてみます。

 

 

ですが・・・私、患者さんが経験した不思議なお話は結構聞いていますよ。怖い話は少ないですが、臨死体験とか家に同居している幽霊の話とか、いろいろと。その話も、またいつかしようと思います。お楽しみに(ニヤリ)。